ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

ハーヴェイ・ジェイコブズ他「グラックの卵」

 

グラックの卵 (未来の文学)

グラックの卵 (未来の文学)

 

 前に読んだけど感想書いてなかったーと読み直したら実は読んでいなかった。という一冊。冒頭に収録されているネルスン・ボンド「見よ、かの巨鳥を」だけ読んでそのまま図書館の棚にそっと戻していたらしい(笑)

浅倉久志翻訳・編集による「英米のユーモアSF、その中でも翻訳紹介される機会の少ない中篇を主体にしたアンソロジー」で、要はバカSFアンソロです。こんなにスマートな装丁なのになwww

さすがに海外SF界でも巨星だったひとの眼鏡に叶った名品・珍品ばかりで面白いのよこれが。先に挙げた「見よ、かの巨鳥を!」は宇宙空間をデカい鳥が飛んでくる話だし、ジョン・ノヴォトニイ「バーボン湖」はアメリカの片田舎にバーボンで出来た湖があるってだけの話だし、ワン・アイデアで馬鹿馬鹿しくも、それでも楽しく笑える小品が多い。しかし一番ボリュームのあるジョン・スラデック「マスタースンと社員たち」がちっとも笑えなかったのはなんだ、俺が社会不適合者だからだろうか…

表題作「グラックの卵」はある大学教授が遺した幻の珍鳥の卵をめぐる、ドタバタ争奪戦と艶事ラブコメディが続く軽妙なタッチのアレなんだけど、オチが壮絶すぎる。

初読当時なぜ棚に戻してしまったのか俺の馬鹿馬鹿!!

米澤穂信「王とサーカス」

 

王とサーカス

王とサーカス

 

 う~~~~~~~~~~ん、判断するのが難しい作品です。「さよなら妖精」の大刀洗万智を主人公に据えた長編ミステリー。2001年にネパールで起きた王族殺害事件を舞台にしているけれど、あくまでそれは舞台であって太刀洗万智が出会う事件そのものは、王族殺害に直接かかわる訳ではない。事件解決も謎解きもささやかなものであって、殺人事件(そう、これは殺人事件を解決するミステリーなのだ)の「真実」にはあまり価値がない。例によって米澤節(?)で、明かされるべき真実は事件の謎解きのその先にあるのだけれど、ではそれが何だったのかと考えると、判断するのが難しいのです。

一言でいうと太刀洗万智が覚悟を決める話なのだけれど、その「覚悟」の在り方が、これを容易に是認して良いのだろうかと悩まされる。amzonの書評を見ると「著者本人のメディア(マスコミ)観についての是非」を問うような感想も散見されるし実際そういう読み方をされて当然の内容・ご時世だろうとも思うけれど、作品と著者は別だしなあとも思うのだ(とはいえ作品が著者の一部であることは言うまでもない)。

好きか嫌いかと言われれば好きなんだけど、世の中がこれを絶賛しているのが腑に落ちないのですってそれは嫌味な読み方だな…

土屋健「古第三紀・新第三紀・第四紀の生物」上下巻

 

 

 

 技術評論社「古生物ミステリー」シリーズ第9巻、10巻。新生代の生物とその進化についての解説。黒い装丁のこのシリーズ、前々から図書館で気にはなっていたのだけれど、巻数も多いし先カンブリア紀(なんて言い方自体、自分の知識が古いことの証だね)から始めるのは話が長いしなァ、などと思って手を出しかねてました。が、しかし先日恐鳥類についての記述があるぞとSAKさんにご教示いただき、ピンポイントで読んでもいいかなと手に取ってみた。なんだか銀英伝の10巻だけ読むひとみたいなキブン(笑)ちなみにSAKさんの「logical cypher scape」では古生物ミステリー全巻の内容が詳しく解説されているので、詳しく知りたい方はぜひそちらをご覧ください。自分はこのあと与太話しか書きません(警告)

d.hatena.ne.jp

さて、恐鳥類だ。何故急にこれに興味を持ったかというと、最近「恐竜は鳥に進化しますた」ってことはもうテレビのクイズ番組ですら取り上げるほど広まっていて、世の恐竜像はずいぶん変化しました。でもその割に世の鳥類像はあまり変わってないなあという気がして(気がするだけだ)、鳥類の進化と適応はいまどのように捉えられているのだろうかと、そういう疑問からです。

いわゆるディアトリマに代表される恐鳥類って以前は「恐竜が滅んだあと一時的に地上に進出し、哺乳類との生存競争に敗れた鳥類」みたいな認識をしていたけれど、恐竜がすなわち鳥であるのなら「恐竜から進化した後再び地上に戻り、哺乳類との生存競争に敗れた鳥類」ってことなのか、あるいは全然空になど羽ばたかず、地上に在り続けて恐竜から正常(?)に進化していったのかさあどっちだ。ぐらいの認識が本書を読む前のスタンス。

で、読んでみた。なるほど「ディアトリマ」ってあまり言わないのね最近は。ディアトリマあらため「ガストルニス」。ガストルニスさん、覚えましたし…(ちなみに私はトリ頭です。なんでも忘れます)。そのガストルニスが「『じつは植物食性ではないか』と指摘されている」という記述には心底驚かされましたよええ。あんなデカい鳥が地上をのそのそ歩いて(いや走ったかもしれないが)植物食ってなんだよ生存競争どころか自走するケンタッキー・フライド・チキンばりにエサ動物じゃねーかよそりゃ絶滅するよ…

幸い下巻に記述があった南アメリカ大陸の恐鳥類は未だ肉食性だと看做されているようで、なんというかな安心だな。やっぱりほら、「恐ろしき鳥類」でいてくれた方がその、いろいろと昂ぶる(笑)

また本書ではペンギン類について多くページが割かれていて、中生代の大量絶滅直後、新生代の初めにはもう水中生活に適応した「最古のペンギン」が生まれているとの由。これも非常に驚かされる。驚かされることだけれど、例えば鳥類の生態を「流体の中で三次元的に機動するライフスタイル」だと考えれば、地上を歩くより水中を泳いでいるほうが、空を飛ぶことには近いのかも知れないね。鳥類の大きな特徴である「酸素の薄い領域でも活発な活動ができる」点でも、空中と水中は似たようなものだと(かなり、乱暴に)言えるのかも知れない。

我々は「鳥は飛ぶもの」だという前提でダチョウやペンギンを「飛べない鳥」といってしまうけれど、本当は「飛ばない鳥」なのだろうな。現生はたまたま鳥類のうちで「飛べる鳥」が大きく繫栄した結果なのであって。

だってほら、羽毛恐竜が広く生息していたからと言って、なんでもかんでも空飛んでた訳じゃないしね。ティラノサウルスに羽が生えてる復元で、誰が空を飛ばすものか。羽毛というのも空を飛ぶためだけに生まれた器官でもないのだろうなー。

などと約体もつかないことを考えた。良い読書だった。

 

本書全体に関して、メインとなるのはやっぱり哺乳類の記述です。子供の頃このあたりの生き物は「たかしよいち」先生の児童向け書籍でずいぶん読んだものでした。デスモスチルスののり巻みたいな臼歯とか、タールピットから発見される様々な生物の化石とか、懐かしく思い出すことが多くて高士与市先生には感謝するところ大ですね…。収録されている化石、骨格標本の写真も面白いものが多く、特に下巻134ページのメガテリウムの写真がまあ楽しくて、全巻こういうノリなのかな?やはり読まねばなるまいね。

そしてこんど科博に行ったときは、新生代の生物化石をもっとちゃんと見直そうと考えるのであった。

伊能高史「ガールズ&パンツァー劇場版 Variante」1巻

 

ガールズ&パンツァー 劇場版Variante 1 (MFコミックス フラッパーシリーズ)

ガールズ&パンツァー 劇場版Variante 1 (MFコミックス フラッパーシリーズ)

 

 まず、当初まったくノーマークだった自分の不明を恥じる。劇場版をコミカライズと聞いて、同じ話に精々ギャグ要素を足しただけの「二次」創作程度だと思っていた。のだけれど、いざ実際に読んでみたら劇場版の話をベースに、個々のシーンで本編では描かれなかった(描き切れなかった)キャラクターの心情を、その深いところに切り込んでいくような二次「創作」でした。ギャグ要素は増えているけれど、それだけではない。劇場版を既に見ていることを前提に、ストーリー展開では切るところではバッサリ切り、必要であれば巻き戻して別の観点から語りなおす。かなり意欲的なコミカライズでした。まだまだ先は長いけれど、プラウダ勢の奮闘や継続一味(wの心情など、この先かなり期待できそうです。

サブキャラだけでなく、劇場版であまり描かれなかったあんこうチームについても、これはハードルを高くして待ってていいんじゃないかなあ。はじめて「リトルアーミー」読んだときみたいな気分。

ピエール・ルメートル「その女アレックス」

その女アレックス (文春文庫)

その女アレックス (文春文庫)

図書館を使っていると配架を間違えている資料というのも稀に目につくもので、それは職員の方ではなくて心無い利用者が適当な戻し方をしているせいだと思われる。気が付いたら直すようにはしているのだけれど、ハードカバーの外国小説の棚に一冊混じってた文庫を手に取ってみて、そういえばこれ評判よかったよなーと自分で借りだしたら正解大当たりで、大変面白かった。配架を間違えた人ありがとう(笑)

タイトルにもある通りヒロインの女性はアレックス、主人公はカミーユという名のオッサン、さらにヴィダール判事まで出てくるのでこれは事実上ガンダムと言えるミステリー小説。女性キャラクターが拉致監禁され緩慢な死を強要されていく冒頭からの流れは「特捜部Q ―檻の中の女―」*1を思い出すけれど、スピーディに容疑者が割れスピーディに容疑者が自殺し、スピーディに警察が監禁場所に向かうと被害者アレックスはスピーディに脱出していたのであった。

ここまで第一部。

第二部はネタバレを避けるために大胆に省略するとアレックスが手際よく料理するので事実上プリキュアアラモードと言える。かなり驚かされる。

そして第三部ですが、本当の犯罪はここから始まる。結論だけ行ってしまうと警察はあーいや、結論はナイショだ。面白いぞーーーーー!

カミーユ警部の二人の部下、裕福でお洒落なルイとケチでタカリ気質なアルマンとの描写も面白い。実はシリーズものの第2作が先に訳出され先行作品に言及しているところも少なからずあり、やや違和感を覚えるところもあるのですが、現在はみな翻訳されているようですね。順番に読むのもいいかなと思います。

川上和人「鳥類学者 無謀にも恐竜を語る」

 

鳥類学者 無謀にも恐竜を語る (生物ミステリー)

鳥類学者 無謀にも恐竜を語る (生物ミステリー)

 

 まだ恐竜をデカいトカゲだなどと思っている人は脳が化石化してるんじゃないだろうか、恐竜は鳥です。あるいは鳥は恐竜です。このふたつの概念は似て非なるものですが、ここでは鳥以外の恐竜を"恐竜"と呼びます。

てな具合で恐竜が鳥だとしたら、鳥の側からアプローチして恐竜を捉えることが出来ないだろうか、というような本。フランクな語り口で面白く読めた。著者はその語り口を「虚勢」だとはいうけれど、やっぱり下敷きになっているのは鳥類学者としての専門知識や広範囲な教養で、こういう文章を書ける人はうらやましいね。

…実は「恐鳥類」のことを知りたくなって読んだのだけれど、恐鳥類については最後の方にごくわずか記述されるだけだったので、それはちょっと残念でした。ディアトリマって今は言わないのかなー。

南村喬之 画「伝説の画家 南村喬之の世界 大恐竜画報」

大恐竜画報―伝説の画家 南村喬之の世界

大恐竜画報―伝説の画家 南村喬之の世界

端的に言って最高だった。

暖かいだの毛が生えてただの最近じゃ鳥の同類項と化してしまった恐竜が、まだ二足歩行するデカいトカゲだった1970年代に描かれた復元画集。これを最高と言わずしてなんとする。前書きには

すべて、当時の子供向け図鑑用に描かれた作品ですが、恐竜研究が進む中で、現在では違った見解、違った名称となった恐竜も多く、本書は「図鑑」ではなく「南村喬之の画集」として編集しました。
当時の雰囲気を再現するため、恐竜の名称も1970年当時のまま記載し、説明文も、当時の少年誌の読み物を意識した文体になっております。

とある。

そこがいいのだ。

ディプロドクスの首はクネクネしてるしブラキオサウルスは川から首を出して歩いているし、彼の有名なブロントサウルスまで普通に描かれているのである。これでいいのだ、恐竜とはこういうものだった。そのときにはこれが正しかったのだ。いろんなところで何度も書いているけれど、新たな学説により「正しいこと」が上書きされたからと言って、それまで信じられたきた学説を「間違い」だったとするのは、たぶん間違っている。古い学説があればこそ、我々はそこに新しい学説の階梯を積み重ねられるのであって、古い学説や想像図を「なかったこと」にしてしまってはいけないのだ。マンテルやオーウェンの復元図に古典的価値があるように、本書のようないわゆるゴジラ体形のダイノサウルス(恐ろしい蜥蜴)の姿を、記録に残しておくことは大切です。

改装前の上野の国立科学博物館は、メインホールに入ると復元時期の異なるタルボサウルスとマイアサウラの骨格が並んでいて、なるほどそこには違和感もあったのだけれど、あれこそ学問が進歩する有り様を体現していて良かったなあとか思うのよ。