ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

ヘレン・ブッシュ「海辺の宝もの」

海辺の宝もの

海辺の宝もの

以前「メアリー・アニングの冒険」を読んだ*1、イギリスの化石発掘業者メアリー・アニングの少女時代を描いた児童文学。伝記というより小説だけれどまあいいでしょ。メアリーが兄のジョセフと共に父に連れられて海辺の「変わり石」を集め始め、父親を亡くした後も自立して化石採集を続け、わずか12歳で世界で初めて魚竜イクチオサウルスを発見するまでのエピソードを子供向けにやさしく書き起こしたもの。児童向けということで説明的なセリフも多いですし、演出や誇張は多かろうとは思いますが、おおむね小さな女の子が頑張って偉業をなすようなお話です。ヘンリー・デ・ラ・ビーチも出てくるけれどまあその、清いもので(何)

読んでみたきっかけは先日行ってきた「大英自然史博物館展」でメアリー・アニングの肖像画や発見した化石を見てのことなのだけれど、当初メアリーが化石を売っていた相手が科学者・学会ではなく、上流階級へのアクセサリー・インテリアなどの美術品用途だったというのは面白かった。ちょうど大英自然史博物館展で三葉虫の化石を加工したブローチなんておシャンティなシロモノを見て来たばかりだったのでw

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※メアリー・アニングが発掘したイクチオサウルス化石(初めて発見された個体ではない)と三葉虫化石を加工したブローチ

早くに父親を亡くした少女がそれまで副業であったものを本業に変えて立派に商売人していく様はいかにも東映アニメーション的で「明日のナージャ」みたいなアニメにならないでしょうか?いや世界名作劇場でもなんならFate/Goでも構わんのですが僕ぁ。

で、このメアリー・アニングが学研ひみつシリーズ「恐竜化石のひみつ」でマンガに採り上げられていたのだけれど、それは旧版の話で、現行版では兄ジョセフのエピソードに差し替えられているらしい。それもまあ、本書を読んでだいたいのことは解りました。が、メアリーが第一発見者でいいんじゃないのか。むしろ兄妹で発見した話をだな、やっぱりアニメかマンガがソーシャルゲームにしてだな…

米澤穂信「いまさら翼といわれても」

 

いまさら翼といわれても

いまさら翼といわれても

 

 古典部シリーズ短編集。「氷菓」シリーズのアニメ化に際して単行本未収録だった「連峰は晴れているか」を含む。過去を振り返るような話が多いけれど、表題作「いまさら翼といわれても」では「ふたりの距離の概算」より少し時間の経ったところか。大日向友子が出てこないのはちょっと残念ではあるけれど、いつもの4人の日々のいろいろ、です。折木奉太郎がキャラクターとしてはすっかりゴールしちゃったような人間なので、代わりに伊原摩耶花がすげー頑張ってる印象(笑)「ふたりの距離の概算」では軽く触れられるだけだった、漫研をやめる際のエピソード「わたしたちの伝説の一冊」がまあ熱量の高い話で、河内亜矢子先輩が格好良すぎる。誰かー!誰か薄い本を早く―!!

 

摩耶花さんが福部里志にチョコ盗難の件で「おしおきをした」というのも大変、大変気になるところですが紳士。

 

謎の解決に重きを置かないのもいつものことで、それよりもむしろ千反田えるの好奇心にどう応えるかが重きを置かれていたのがこれまでだけど、「いまさら翼といわれても」のラストで遂に折木奉太郎は謎を解いても何も解決できない自分の無力さに直面する訳で、さてこの先どうなるんだろうなあ。謎解きよりも大事なことは山ほどあるぞ高校生。そして続刊では、できれば大日向さんを救ってあげてほしいなあとも、思うところなのよおじさんはね。

ミュシャ展行ってきました

公式。ふだんこういうのは人混みが空いてきてから…と思っているのだけれど、昨今の美術展って一度混みだすと二度とおさまらないまま延々と行列が続いて糸冬了。な例が続いているので「NHK日曜美術館で採り上げられたらもう終わりだ」という言葉にも煽られて開催初期に早手回しで行ってきました。いやあ、開館前から行列して美術展に並ぶなんて初めてだけど、おかげで余裕をもって見ることができました。今後も積極的にこの手を使っていこうかな。

 

さてミュシャ(展示内では母国語発音に近い「ムハ」表記が多用されるけれど、やっぱりこっちのほうがしっくりくるなあ)といえばその昔、とある小さなSNSミュシャの話題が出たときに、ある方が「サラ・ベルナールハムレットのポスター」を新聞記事から切り抜いてスクラップしていたという話をされて大変驚いた覚えがあります。何故かといえば自分も全く同様に「サラ・ベルナールハムレットのポスター」を新聞記事――たしか朝日新聞日曜版の「世界名画の旅」からだ――切り抜いてスクラップしていて、まあネットでは稀にそういうことが起こるのですよ。ところで自分がその絵をスクラップした理由というのが、塩野七生じゃない方の「ロードス島戦記」のイラスト(第2部のヒロイン、シーリスのキャラデザイン)にそっくりだったからだ…というのは当時黙っていたのだがもう言ってしまえ、ミュシャに入れ込んだのは「ロードス島戦記」の影響ですハイ。一時期ロードス島とかダンバインとか露骨にミュシャ風だったのは、やっぱり出渕裕のしわざなんだろうか。でも自分と近しい世代の人ならミュシャアール・ヌーヴォーから受ける印象が「ファンタジー要素」だという話に同意してくれるんではないかしら(チラッチラッ

 

ですからして、とても楽しかったのです。まるで「ロードス島戦記」の世界に迷い込んだような感覚でね。それは決して画家が描いた題材でも主題でもないけれど、スラブ民族の歴史も受難も全部通り越して、どこか遠い世界で起きた、遠い時代の出来事として、非常に面白い体験ができました。むしろ自分がチェコ人だったら素直に楽しめただろうかと、そっちの方が疑問である。日本とチェコスロヴァキア、あるいはボヘミアと、その置かれた立場は全然異なるものだけれど、もしも1920年代の日本で一人の画家が歴史的題材を連作絵画にして「大和民族叙事詩」なんて作られてもその、困るだろうなと。発表当時母国では高い評価を得られず、むしろアメリカで評判だったというのも、エキゾチックなモノとして受け止められたのかも知れないなあ、などと。

 

「現代美術はわからない」とよく言われます(あまり好きな言い方ではないです)。多分、それと同じぐらい今回のスラヴ叙事詩も日本人には「わからない」ものでしょう。むしろ余程ヨーロッパ史に精通していないと「わかる」だなんて口が裂けても言えないものだと思います。でも「わからない」絵画であっても十分「楽しめる」のだという例にはいいのかも知れません。日本のマンガやアニメのファン/クリエイターが好む訳だなと、それはとても「よくわかる」(笑)。力強い主線とあー淡い?中間色で塗られたポスター類なんて実にアニメ絵で、スタイリッシュにデザインされたパリ時代を見た後でもういちどスラヴ叙事詩に戻ると、まるで教会に飾ってある絵のように古臭く感じたことは確かだ。それでも会場にはパリ万国博覧会ボスニア・ヘルツェゴビナ館壁画の「下絵」が展示されていて、その主線だけで構成された画面はまったくもって漫画のようで、実に日本人に好まれるタイプの絵なのでしょう。

 

これは混むだろうなあ。

 

大きな絵もありまた切手や紙幣も展示されているので、小ぶりな双眼鏡、オペラグラスや単眼鏡を持ち込むとよいでしょうね。

 

会場で気になったのは物販コーナーにあった絵葉書で、サンプルで飾ってあっても売り場に無いものがいくつかあったんだけどあれはなんだったんだろう?すでに完売したとは思えないし、期間内に入れ替えやるのかな??

 

それにしてもヤン・ジシュカはキャラが立ち過ぎだよな。そら21世紀の日本でマンガのキャラにもなろうて。

 

 

 

ポーリン・ライリー「ペンギンハンドブック」

まずはこの映像を見てほしい、話はそれからだ。


長崎ペンギン水族館 相互羽繕いするケープペンギン達

尾のつけ根にある尾腺(尾脂腺)からの分泌物を、くちばしにつけて体中の羽毛に塗るのが羽づくろいである。
(中略)
2羽がたがいに羽づくろいすることを‟相互羽づくろい”allopeeningとよんでいる。しかしペンギン類の全種が‟相互羽づくろい”をするわけではない。

PPPの5人で言うとロイヤルペンギンとイワトビペンギンフンボルトペンギンは‟相互羽づくろい”をするが、コウテイペンギンとジェンツーペンギンはしない。

フムン。

ペンギン ハンドブック

ペンギン ハンドブック

現在の地球上に6属17種存在するペンギン類について、多数の写真やイラストとともにその生態を簡潔に記述した物。最近ペンギンづいているので読んでみたいや別に「けものフレンズ」に影響されたわけではあるがそれだけでもなくてその。

ペンギン可愛いなあ。可愛いだけじゃないけどなあ。

簡潔な記述だけれど内容は適切で、生息環境やそれぞれの種が抱える生存への脅威などについても十分言及されています。新生代には熱帯にまで生息地域を広げたペンギン類が、現代のそれに納まったのには人類との接触があったのだろうなと、現に人類と接触して生息数を激減させた種を見るにつけ思うところ。とはいえ、水中はともかく地上ではあれほど鈍重な行動しかできない生き物は、そうそう繁栄するものでもないのだろうなあ。コウテイペンギンがデカく居られるのも(いかに厳しい生存環境とはいえ)競争相手がほとんど存在しないからでしょうし。

恐ろしく非効率な繁殖方法など、ペンギンについてのあれこれを簡単に学べる良い本です。ただ可愛いだけの生き物ではないのさ。そしてこの本、簡潔な記述の割にはそれぞれの種ごとの求愛行動(わお)や交尾の状況(わぁお)などにボリュームを割いていて、これらから夏に向けて薄い本を作るのが大好きなフレンズのみんなー!

必読だよ!!!!!


土屋健「エディアカラ紀・カンブリア紀の生物」

古生物学の黒い本、最初の一冊。このあたりの知識はまーずいぶんアップデートしてなかったので興味深く読めました。最後に接したのはたしか美少女ゲームになったときか。「カンブリア爆発」みたいな単語も時々聞いてはいたけれど「エディアカラ紀」という言葉はたぶん今回はじめて接したかと思います。

この時代の生き物というのはやはり異質で、五つの目を持つオパビニアや「這い回る胃」と称されるハーペトガスターを見てクトルゥフだのラヴクラフト的だのというような要素で楽しんで読んでも良いのでしょう。しかしどれほど現生の生物と異なって見えるからとは言え、この時代の様々な生き物たちは確かに現代の生物系や環境と繋がっている存在なので、例えばただ1人(いや2人か)の人間が空想ででっちあげた「ドラえもん」よりは、バージェス頁岩のなかで化石になってたアノマロカリスの方がより人類に近しい存在だと言えるので美少女化するのも自然な成り行きなのかもしれない。いや待ってその理屈はなにかがおかしいよ。

一見すると異質に見えても、実は我々とは連続性がある存在なのだという意味では「狂気山脈」に登場する「古えのもの」と人類の関係に似ているのかも知れない。そういう意味ではこの時代の生物を「ラヴクラフト的」とするのも悪くないなと、まーそんなこと考える本でも無いんですけれど、そんなことを考えながら読んでいた。読んでいたら丁度世界最古の化石が発見なんてニュースが飛び込んできてこの分野もこの先どんどん書き加えられていくのでしょうね。

いまはまだ漠然としてる「原始生命の時代」も、この先もっと研究が進めば新しい(そして古い)紀が生まれてくるのかも知れない。それはきっと素晴らしいことなのです。

ジェイムズ・L・キャンビアス「ラグランジュ・ミッション」

 

ラグランジュ・ミッション (ハヤカワ文庫SF)

ラグランジュ・ミッション (ハヤカワ文庫SF)

 

カバーのあらすじに「迫真の近未来テクノスリラー!」とある。近未来テクノスリラーなんてとっくの昔に絶滅したジャンルだと思っていたので、未だにそんなのを書いてる人がいるのかと、そこは確かに驚いた。現代のスピードが速すぎてますます「近未来」を想像しにくくなっている昨今にあって、それはやっぱり珍しいことですね。

「近未来テクノスリラー」が全盛期(?)だったころは、概ね派手且つ陳腐な技術が先に立ってストーリーやキャラがいまいちな作品が多かったように思うので 正直あんまり期待しなかったんだけど…これは収穫で、ずいぶん楽しく読めました。

原題を「Corsair(海賊)」という。月から地球に送られるヘリウム3輸送ロケットを題材に宇宙海賊キャプテン・ブラックとアメリカ空軍エリザベス大尉の戦いを描くという、ストーリーだけ聞くと本をブン投げたくなるようなものなんだけど、地味でシリアスな宇宙機の戦いを地上からのリモート操作で機動させる、ドローンやUAV戦闘機の延長として見せている感じです。静謐な宇宙では秒速5メートル(!)程度でもっさり動くお話を、しかし地上の側ではヘリウム運搬ロケット強奪犯罪が、実は月面基地に対する大規模なテロ作戦へ変貌し…とまあいろいろ動く。アクションもある。ちなみ月への有人宇宙飛行はファルコンロケットが使用されていて、ファルコンの運用をSF小説で読んだのはたぶん初めてだなー。

VRインターフェイスやヘリウム3を用いた核融合技術(巻末解説でも触れているけど核融合に関しては背景設定に過ぎず、技術レベルがどれぐらいなのかは本編ではあまり説明されない。マクガフィンに近い)など未来技術はあるけれど、現代の社会と地続きな、これは確かに近未来テクノロジーを扱ったスリラーだな。「海賊絶対殺すウーマン」なエリザベス大尉のキャラがイカす(笑).45口径ジャイロジェット弾を入手してこっそり衛星に積み込もうとしたり、内之浦も顔負けなチープな設備で衛星動かしたり、「航空宇宙軍史」とか「はやぶさ」が好きな向きには受けそうな要素が結構あるぞ。

月面の作業ロボットがレゴリス避けに「宇宙服」を着ていたり(カタチは不明である)、地味ながら感心させられる描写も散見されます。FBIのドミニク捜査官やヨットで世界一周系女子大生ブロガーのアンとか、脇も楽しい。この作家の名前は覚えておいてもよいかも知れません…

土屋健「ジュラ紀の生物」

 

ジュラ紀の生物 (生物ミステリー(生物ミステリー プロ))

ジュラ紀の生物 (生物ミステリー(生物ミステリー プロ))

 

 というわけで技術評論社の古生物学の黒い本、時系列をてんで無視して好きなところから読んでいく。となるとやはりジュラ紀である。ジュラ紀最高。白亜紀の恐竜がドカスカ出てくるSF小説/映画にだって「ジュラシックパーク」と名付けられるぐらいに、ひとはジュラ紀に強く憧れるものなんである。

…やっぱアロサウルスですよ!アロサウルス最高!!ティラノサウルスより面長でシュッとしている頭骨、ティラノサウルスより大きい(バランスの)前肢、ティラノサウルスより一本多い前肢のツメ。どこをとってもティラノサウルスよりずっとカッチョエエ。幸か不幸かまだ羽毛恐竜の流れに飲み込まれてないところがいいよなーと再認識であります。いぜん頭頂部から背中にかけてワニのような「装甲」をもつ復元図を見たけれど、最近は流行りじゃないのかなー。

むろんアロサウルスだけの本ではないので始祖鳥(こんど上野にロンドン標本来ますねー)やワニや魚竜やいろんなものの知見をアップデートする。ブラキオサウルスって最近言わないのね。タミヤのプラモはあるけどね…

近代科学が発展していった19世紀に、ドイツやイギリスなど近代科学最先端の地で有力な標本が発見されたことは、偶然なのか必然なのか、それはあまり考えないほうが良いのかな?