ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

板倉光馬「どん亀艦長青春記」

どん亀艦長青春記―伊号不沈潜水艦長の記録 (光人社NF文庫)

どん亀艦長青春記―伊号不沈潜水艦長の記録 (光人社NF文庫)

とまあ人間酒の上での失敗は数限りなくある訳なのだが、伊号潜水艦艦長として有名な板倉光馬少佐もそんな人物である。やたらと鯨飲してはひっくり返り、大失敗は枚挙に暇がない。アリューシャン列島で落水事件とか好きな話だ。著作はいくつかある人なのだがこの本にはもっとも有名な「最上艦長殴打事件」の詳細が記されている。

板倉少佐がまだ任官仕立ての新米少尉だった頃、巡洋艦「最上」乗り組みの航海士の任に就いていた時期の話である。昭和十年、世に言う「第四艦隊事件」*1の直後、東京に上陸休暇を得て例によって鯨飲馬食、酩酊したまま芝浦の桟橋に帰ると迎えのランチが定刻通りにやってこない。多艦の乗員は次々に帰投していくのに最上のクルーだけは待ちぼうけである。聞けば当日艦長鮫島大佐(男爵)が見学客を多数招待してその故で、とのこと。時刻厳守の海軍がこれでよいのか。憤り極まった板倉少尉はようやく現れた最上内火艇に踊り込み衆人観衆令夫人の面前で

…やっちゃいました。

上官殴打は重罪である。軍法会議に掛けねばならぬ。が、しかし。翌日艦長室に呼び出されると…

「板倉少尉は、酒をやめられないか……」
思いがけない質問を、言葉やさしくかけられて面くらった。ためらいもあったが、
「はッ……昨夜来、禁酒を決意しましたが、おそらく、つづかないと思います」
「そうか……、では、酒の量を減らすことはできないか?」
(略)
「はッ……そのつもりでいますが、おそらく酒をやめるよりもむずかしいと思います」
と、つい本音が出てしまった。
(略)
「そうか……もうよろしい」

結局この事件で板倉少尉はなんら処分を受けず、以後海軍内では「高級将校といえど、帰艦時刻は厳守すべし」との通達が海軍次官名で出されたとのことである。戦前の海軍気質というものを、いささか感じられるそんな話だ。

日米開戦、ミッドウェー以後戦局は悪化の一途をたどり、昭和19年、イ41潜水艦艦長の任を務めていた板倉少佐に孤立したブーゲンビル島守備隊への補給任務の命が降りる。守備隊長は奇しくも元「最上」艦長、鮫島具重中将その人であった…

あとはいい話なのでここには書かない。ナイショだ(笑)

*1:北方海域演習に於いて航路上に低気圧を確認した艦隊が「これも訓練」と強行突破を図ったところ艦体強度不足などから大被害を生じた事件。最上は第四艦隊所属