ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

パウル・カレル「彼らは来た」

彼らは来た―ノルマンディー上陸作戦

彼らは来た―ノルマンディー上陸作戦

自分が読んだのは古書店で入手したフジ出版の初版(定価900円だってさ)だけれど、中央公論社から復刊されてたんでリンクはそちら。とはいえ中公版ってもう全然本屋で見かけない気が。同じカレルの東部戦線本「バルバロッサ作戦」と「焦土作戦」はどちらも学研M文庫から出てる*1のに「彼らは来た」は未刊行である。ノルマンディー戦の書籍としては底本中の底本なので刊行が望まれる。
史上最大の作戦」という映画(原作はコーネリアス・ライアン*2)の冒頭に「侵攻は海岸で決する、24時間の内に」というロンメル元帥の台詞がある。「それは史上最も長い一日になるだろう」だったか、「The longest day of history」とはそういう意味なのだが、実際のノルマンディー戦は一日で決まったわけではない。その後約二ヶ月に渡ってドイツ・連合両軍はドミノの倒し合いを続けていたのである。
ノルマンディーといえばお約束のように出てくる「もう勝った気でいやがる」「では教育してやるか」とか、ネタもとはここだろう。なんかこう、初読なのにいろんなところで懐かしさを感じる(笑)。ノンフィクションとはいえ文章は小説タッチで読みやすい。もっともこの手の内容が読みやすいかどうかは非常に個人差が激しいとは思うが…今でこそこのような「戦記」を書く人は少なくなってしまった。というより知らない。入門からマニアックまで「研究」書は多く出ているが「読み物」としての楽しさを併せ持つものは少ないように思われる。単純にエンターテインメントとして受けとって良いかどうかは意見の分かれる所だろうが、実際に当人達に取材した上で個々人の心情も描写されているわけで、歴史的に隔たってしまった現在ではあー真実味のある?エンタメというのも難しいだろうな。

以下、ちと長めだけれど引用。

「閣下、クルーゲ元帥は、サン・ローからペリエまでの線を守れと命じられました」
 沈黙がこめた。カウフマンはバイエルラインを見つめ、ヴレーデ少佐は窓外に目をやった。
「サン・ローからペリエか」バイエルラインは繰り返した。「何をもって、とお訊きしてよろしいか?」
中佐はそれを聞き流した。「閣下、命令をお伝えするのであります。死守していただかねばなりません。一兵も陣地をはなれずに」そして釈明のようにいいそえた「SSの≪パンテル≫一個大隊が側面から敵をついて援護します」
一兵たりとも陣地をはなれるな!
バイエルラインは相手を凝視した。いやな沈黙が部屋にこめた。
表で鉄のドアがたたきつけられる音。
将軍はこめかみに血がのぼるのをおぼえた。
ロンメルの傍らで苦しいアフリカ戦をたたかい、エル・アラメインでも、テル・エル・マンブスラの砂丘、チュニジアのドイツ・アフリカ軍団の最期のときにも泰然と切りぬけてきた男……彼もこのときはがまんできなかった。テーブルに手をつき、低い声でいった――が、その言葉は山のように重かった。「中佐……前線はしりぞかない。歩兵も、工兵も、戦車歩兵も後退しない。一兵たりとも陣地を捨ててはいない。塹壕についている。だまったまま。死んでいるのだ。おわかりか?」バイエルラインは中佐の前に立った。「元帥閣下に伝えていただきたい。装甲教育師団は全滅したと。もちこたえられるのは死者だけだ。だが、命令とあらば私はここに残る」

戦争賛美と思えば思え。事実を知らない軍オタと笑えば笑え。でも、俺はこういう文章が大好きだ。