ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

ダニエル・ハームズ「エンサイクロペディア・クトゥルフ」

エンサイクロペディア・クトゥルフ

エンサイクロペディア・クトゥルフ

日曜の休みを潰して部屋に閉じこもるには最適の一冊wいわゆる「クトゥルフ神話」の用語集であり、種々の解説文からこの壮大な怪奇小説群の世界が明らかにされる。最近ではこの類のガイドブックはいくつも刊行され、未だ知らざる読書家諸氏に格好の導き手となってくれるが昔はほとんど無かったものだ。現代はよい星辰だな。ただ、本当に初心者である、という向きには本書は余りお薦めできない。参考に挙げられている書籍の多くは未翻訳のものであったり、既に絶版であるRPGサプリメントだったりする。神格の名称については語源的なところまで踏み込んでいながら、様々な事件や人物についての解説は一般社会での報道レベルに止まっている*1。この緩急の差はそれを知るものには密やかな楽しみを与えるだろうが知らざる者には躊躇いを与えるものかと愚考する。*2しかしながら翻訳というステップを得た一種ストイックな文体や、本家アメリカならではの著者による序文*3はやはり国産の解説書とは違う味わいに満ちる。難しい所ではある。

もうずいぶん前、ホビージャパン刊行の「クトゥルフ・ハンドブック」を読んだ時「世界各地のクトゥルフ神話事件」だったかそのような名称の地図が掲載されていた。各地で様々な事件が頻発していたのに対し日本では何もなく、大変残念な思いもしたものである。あれより幾星霜の時が経ち、この東洋の島国でも旧支配者やその眷属は確かに暴威を振るい足跡を残し、それらは八百万の活字や映像、コンピューターの中のゴーストとして記録されている。*4残念ながら本書にはクトゥルフ=ジャパネスクな事例はひとつも採録されては居ない。国産作品を海外向けに翻訳する試みは既に始まっているが、まだまだこの宇宙を埋め尽くすには至っていないのである。

我々日本人がどれほど異次元の存在を崇拝し冒涜的な塑像を造りあげていることか!愚かなアングロ=サクソン人種など及びもつかない程なのに!!

――ただし、世界で二番目にだが。*5

*1:これは「ネタバレ」を防ぐ目的でもあろう

*2:その向きには東雅夫朱鷺田祐介著作を薦める

*3:特に「クトゥルフ神話小史」はこれらの小説がどうやって世に波及していったか、その過程で作家間でどのようなムーブメントやトラブルが発生していったかなど、書誌学的観点から解説されている。当事者ならではの内容だろう

*4:この原稿を書いている今、私は70年代に作られたクトゥルフ神話映像作品を思い出した。ブラウン管の中では半人半蛸の生物が地べたを這いずり回りながらおぞましい触手を伸ばし、冒涜的に「クレク=レ!クレク=レ!」と喚き散らしていた

*5:世界で最も異次元の存在を崇拝し冒涜的な塑像を造りあげた人種については(一部の好事家には知れ渡っていることだが)「邪神セイバー」について検索することを勧める。この神像はいくつかが水面下の貿易によって日本国内に持ち込まれ、うち一体はごく僅かの期間秋葉原の街で内覧に供され「キモ可愛い」「キモ癒される」等の冒涜的な賛辞が寄せられた。なお検索の結果君もしくは君の同行者がどれほど正気を失い精神病院もしくは電気椅子に送られるような結果になっても当方は一切関知しないからそのつもりで