ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

W.G.パゴニス ジェフリー・クルクシャンク「山・動く」

山・動く―湾岸戦争に学ぶ経営戦略

山・動く―湾岸戦争に学ぶ経営戦略

1991年の湾岸戦争に於ける米軍後方兵站線・補給活動の実態を描いたドキュメントとしてそっち方面では「補給戦」*1と並んで昔から有名。面白い、という話はむかしからよく聞こえてきていて、たしか大学の演習担当教授(イギリス近代史のヒト)からも面白いぞと言わてれたのだったか、漸くに初読である。

うん、確かに面白いな。読み物として普通に面白い。補給担当指揮官なんて地味な役職と思いがちかもしれないけれど、その視点から見た湾岸戦争の姿は特に軍事専門用語やマニアックな兵器名称を用いない物流と人事コミュニケーションの集合体である。ノンケな一般人でもとっつきやすいテーマに据え、さらにそこを面白く読ませるのは当事者としてみたナマの実相と、面白い語り口へと変換せしめるライターの腕前か。現代戦の兵站将校戦記ってなかなか読めるものじゃなし、貴重な記録でもあります。

結局はまあ、湾岸戦争が上手く行った勝ち戦だからこそのハナシ、でもあるのだろうけれど。サウジアラビア現地の商人達との交渉事が上手く運ばない折に「王子の名を出したら急に態度が変わり」みたいな話も当時ならばこそある種の笑い話に聞こえるけれど、いま現在ではやはり違って見える王族優位の社会体制とかね。

もう20年前の話なんだよな。インターネットもEメールも全く普及してない時代にどうやって組織を動かすかと言えば書類で、ただ5×3インチカードに書かれたメモを回覧することで、意思の疎通と行動決心をスピーディに行う様子は現代の電子機器とデジタルデータに溺れた我々よりも遥かにスマートに写る。意外にこう、カタチを持って存在する紙媒体って役に立つぞ。使う人間がちゃんと使えばの話でもあるけれど…

それは例えば言葉の壁も越えることだと思う。例え会話が通じなくても、英語が出来なくても、絵でもいいし日本語でもいい。とにかく「意思」を手渡す事が出来ればきっとそれを「解読」出来る者の元へ届けられる筈だと、そういう可能性があるんじゃないかと、今日の朝日の朝刊記事書いたひとに言ってんだよ?マッチしなかったらマッチさせる方法を考えようよと、まあなんとなく思ったわけだ。

全8章の本文は、大別すれば3つに分けられる。湾岸までのパゴニス少将の半生軍歴は組織の中での人事交流、部署異動による教育と進捗の例と言えるし、サウジに於ける実際の活動は難事に対してどう組織体を動かすかという実践だ。そして末尾にまとめられたリーダーシップ論はどうやってひとを動かすかというロール・モデルのようで刊行当時ビジネスマン向けに薦められてたのもよくわかる。しかし今は、


高校野球部の女子マネージャーが読むべき一冊です!


ところで本文中、米軍第一陣がサウジに到着した直後の描写で

ほとんど無限に近いMRE(携帯食糧)の供給があったから、飢える心配は無かった。

なんて書いてあってそれは拷問じゃないのかと思ったのは軍事機密である。


補給・兵站の基本っていろいろあるとは思うけれど、大事なことは線の先にいる人々に何が必要かを「想像する」ことなんだと思う。様々な状況下でノイズは加わりその想像図は実態とかけ離れることもあるだろう。でもそれを修正し実態に近づいていかなければ、真に有効な兵站線は引かれまいよ。