ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

飯嶋和一「出星前夜」

出星前夜

出星前夜

島原の乱を題材にした時代小説。江戸時代初期のキリシタン弾圧として語られることの多いこの事件が、実際には宗教的側面よりも現実を無視した厳しい年貢の取り立てなど、現藩主の悪政に対する旧来からの土郷衆の武力蜂起の面が強く…といった内容。島原半島有家村の住民を主眼としているので有名な天草四朗(本書では洗礼名から「ジェロニモ四朗」で登場する)は脇に置かれ、あまり活躍はしない。実際の歴史的事件については教科書程度の知識しかもたないので、作品の著述が史実に即しているかどうかは判断しないが、蜂起の主力が元々は九州のキリシタン大名有馬晴信家や小西行長家中の者達で朝鮮半島出兵の経験もある水軍衆など実戦慣れした人間が多かったのは確かだそうで。

幕府の改役によって新しくやって来た藩主松倉家による土着民に対する長年の腐敗政治が若者世代に閉塞感を与え、親の世代を見限ったり天変地異も起こったりでの憤懣が暴力的に発揮される展開は(いやな読み方だと思うのだが)いま読まれたり映像化されたりしても面白いかな、とは思った。日本におけるキリスト教弾圧も真正面からエンターテインメントするのは難しいテーマだとは思うが*1

でその、そもそものはじめに否を唱え結果大坂の陣以来の騒乱を招いた原因となるキャラクター、ジョアンこと鍬之介だけがひとり生き残り、罪を潅いで医家として生きて行くラストは確かに綺麗なんだけど、果たしてこれでいいのかなといささか胡乱な感を抱く。佐藤亜紀の「ミノタウロス」みたいな終着点はだめですかね?原罪抱えて生きる姿がキリスト者なのだろうが。

医術、それも西洋医学と東洋漢方が同時に並立している状況がどうもこの作品の主題のようで、

ルイス・アルメイダ以来、医療を行うポルトガル人やイスパニア人が持ち込んだ考え方は、「病の原因を見つけ出し、それを退治すれば直る」というものだった。それは、漢方医の病に対する概念とはまるで異なるものである。漢方医学では赤班瘡も傷寒の一種としている。治療するものではなく、経過させるものとしてとらえる(略)薬はその経過を助けるだけのものであって、使い方次第では逆に毒にもなる。病人の身体と病の進行状況を無視し、それを投与すれば治るなどという薬は存在しない。

どうもこの辺の記述を斟酌すると、宗教思想をバックボーンとする内乱が起こりそれが鎮圧され、残った者が市井の社会で生きて行く構図に関係するんではないかなーとか思う訳だが、しかしそこまで読めてるかと言うと、そうでもないので(w;

幕府天領であるところの「長崎」の立ち位置が面白かった。同じ作者で「黄金旅風」asin:4094033157とかありますね。

*1:その点ナナメ上を行ってた山田風太郎は実に偉大だと思う