ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

瀬名秀明「小説版ドラえもん のび太と鉄人兵団」

小説版ドラえもん のび太と鉄人兵団

小説版ドラえもん のび太と鉄人兵団

先日地上波で放送された「新・のび太と鉄人兵団〜はばたけ 天使たち〜」が矢鱈滅法面白かったので図書館で速攻借り出してきて読む。しかしながら瀬名秀明によるこのノベライゼーションは86年公開の旧作をベースとした物なので、残念ながらピッポは出て来ない。いやまさかあんな出来そこないのカリメロみてーなヤツに黒四ダムが決壊するほど号泣させられるとは思わなかった…

のび太と鉄人兵団」、何を隠そう旧作映画は結局見てないのです。公開当時はザンダクロスがまんま百式パクリなデザインだったことにいささか不満を覚えていたはずで、ストーリーだけは知ってた原作コミックは文庫版になった時に購入したんだったか。

そもそも藤子・F・不二雄の作り上げたこの物語が実に強力なものだったんだな…と、改めて思わされる。巨大ロボットに謎の美少女だけではなく、この話には男の子の大好きな物がたくさんちりばめられている。それは例えばスーパーマーケットで好きなだけ食材を手に入れてやる深夜のバーベキューだったり、大人のいない街並みで行われる、ご近所的な大冒険だったりする。なにしろ自宅や裏山が戦場になるのでこりゃ誰だってドキドキしますわな。(実際、大長編ドラえもんでは初めていつもの街を舞台にした作品である)

映像作品のノベライズというものは、例えば映像で初めて作品に接した子どもたちにより一層「深い」世界体験を味わわせるような働きを持っていて、よいノベライズは決してあらすじだけを文字に書き起こしたものではない。最近だと「ガンダムAGE」のノベライズが大絶賛されているのは、あれはまぁいいか…。とにかく瀬名秀明の筆致は流石で、登場人物ひとりひとりの心情、苦しみや葛藤をマンガやアニメーションよりも一層深く、あるいは高く、記述していてこれこそ言葉の持つちから、小説を読む楽しさなんだとそんなことを考えた。オッサンよりは子どもたちにこそ、読んでもらいたいものだなと強烈に思ったのは作中名場面のひとつ、はじめてザンダクロスに乗り込んだしずかちゃんがうっかり押したスイッチで破壊光線が発射され、ビルが崩れ落ちるシーンの描写で…

のび太はその光景をテレビで見たことがあった。ニューヨークの世界貿易センタービルが攻撃されたときのニュース映像だ。あのときとまったく同じように、ビルはたった一撃で、重量を支えるすべての支柱を失ったかのように倒壊してゆく。


ファンタジックなドラえもんの世界には似合わないと思う人もいるだろうとは思います。が、その911の光景を実際に目にして記憶しているのは登場人物たちではなくて読者なのだと、この本を手に取るだろう子どもたちに向けて書かれているのだなと、そんなふうに思った訳です。


劇中で見えたいくつかの小さなほころび、矛盾を解説する任をちゃんと負っているのはとても素敵。子どもたちが鏡面世界で戦ってる間、親はどうしていたのか?とか、鏡の中の世界の食べ物ってちゃんと食えるんだろうかなど、特に後者の問題って昔は気づきもしなかったんだけどさ、雪風知った後だとあれ全部バーガデイッシュ少尉じゃあるまいな。などとイランことを考えたりもするのだ。駄目な大人だ…

スネ夫が大活躍するのにビックリしたのと同じぐらい、星野スミレが大活躍することにも驚かされましたが…いや〜今回強調表現多いな、それぐらい面白かったってことでひとつ。


しかしね、原作でも旧作でも新作でも常に、巨大ロボとセットで現れたピンク髪の年上美少女から「あなただけ特別扱いをしてあげる」と三度言われても三度とも人類を売り飛ばさなかったんだから、本当にのび太はエライよなあ…