ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

デーヴ・グロスマン&ローレン・W・クリステンセン「『戦争』の心理学」

「戦争」の心理学 人間における戦闘のメカニズム

「戦争」の心理学 人間における戦闘のメカニズム

「戦争における『人殺し』の心理学」asin:4480088598のいわば続きとなる本。少し前に出てたけれど、読んでなかった。原題を“ON COMBAT”という。邦題は若干いつわりありで、大部分の記述は戦争ではなく警察活動に占める法執行官*1の行動だし、解説される事象の多くは心理学ではなく生理学的現象だ。共著者であるクリステンセンが元警察官の経歴を持っているのでそっちの面の記述、国内の法執行活動と体験者の証言が多いのは前作と比べて違っていることだけれど、なにより前作と異なっているのは随所に溢れる社会正義と公共道徳への称賛であってこの差は何かと言えば刊行当時そして現在に至るまでアメリカ合衆国が ON COMBAT の状態だからだ…と、いうことか。内容ではなくこの本自体が「戦争の心理学」を解き明かせそうな、なんだかそんな感じ。


読んでいて暗鬱な気分になるのは多分この本が「正しい」からだと思う。戦闘に対峙して人間がどんな反応を示すか、わかりやすいところだと大小の失禁すなわち「漏らす」ことが決して特異な、「弱者」の行動ではなくごく正常な人体の反応だということ、それが普通と知れば実に多くの人間が心の内に秘めていた体験を証言してくれること。視野狭窄を起こしたり聴覚が抑制されたり不随意的に人体の生理的な防御機構が作用すること、論理的には究明されていなくとも、経験則的にそのような事象が発生すること。暴力的なメディアが子供の暴力性を助長すること、etc…

たぶんそれらは、すべて正しい。現代の社会で殺人事件が減少しているのは医療技術の発達によって一命を取り留める被害者の数が増えているからで、暴力そのものは全く減少していないことも、おそらく間違ってはいないだろう。統計数値の見方ひとつにも訓練は必要だ。

訓練、そう訓練なんだよな。日常の社会生活とは全く異なる生理反応が起こる ON COMBAT のさなかに於いて、それが個人的な異常ではなく普遍的な現象であると知り、それに対応出来るよう知識を共有し訓練を行おうと、それらの行為を正しいやり方で実行しましょうということか。

間違った訓練は却って危険である、と警鐘も鳴らされている。常に「二発撃ち込む」ことを訓練されているFBIの捜査官が実際の現場で訓練通りに拳銃を二発撃ち、やはり「訓練通りに」無意識のままホルスターに銃を収めて容疑者から反撃を受けた事例だとか、「相手から素早く拳銃を奪う」トレーニングを繰り返していた警察官は、訓練通りに容疑者から素早く拳銃を奪い取り、訓練通り相手に拳銃を返した。笑い話のようだけれど、条件付けとはそういうものだ。

そして前作でも問題になったPTSD。これに対してはもう少し突っこんだ所見が語られる。原因と要因を解き明かし、正しい対処法が示される。パニックを起こさないためにごく簡単なやり方として推奨されるのは「戦術的呼吸法」と呼ばれる手法で何のことはない腹式深呼吸である。何のことはなくてもこれは実に効果的で「戦闘のラマーズ法」と呼ばれるそうな。その戦闘のラマーズ法を実施した結果、

中佐に教わった呼吸法と、一五年前に米国陸軍歩兵連隊(の射撃訓練)で学んだ呼吸法を用いて、自分を落ち着かせ、照準を正確に合わせて、致命傷を与えるために頭部を狙って撃ちました。

となる。ラマーズ法は新しい生命を生むための技術だけれど「戦闘のラマーズ法」では何も生まれない。ただ、失われるはずのものが、喪われずに済む効用があるかも…知れない。社会正義とか公共道徳とかだな。


「長期間戦闘状態にあると98%の人間は精神に異常をきたし、残りの2%は生まれながらの攻撃的社会病質者である」と看破した前作と比べて本書ではその2%をさらに「狼」と「牧羊犬」に細分している。それが何の分類かと言えば世の大抵の狼が気を悪くしそうなことばかりで*2、この本を読んでいてなんだかずっと頭の中にもやもやする何かが立ちこめていたんだけど、それは訳者あとがきにある一文で氷解しました。

次は「人を殺しても精神を病まない兵士を育てるにはどうしたらよいか」という話になる


ああ、なるほどこれはその為の本なのだ。だから必要とされるし、「正しい」内容が望まれる。社会正義と公共道徳は美化され、理解と肯定と支援が求められる。本書の記述内容を否定するつもりはないけれど、本書が執筆される社会はやはり不幸だと思う。映画「ダークナイト」みたいなもので実に戦時体制下の出版物なのだけれど、戦時体制とはそれほど非日常的な社会でもないので現代の日本人が読んでも益になるところは相当あると思われます。

人は抱え込んだ秘密の分だけ病む


とかな(´・ω・`)



「戦士学」“Warrior Science”って言葉に(TM)表示が付されて「PPCT Management Systems 社の許可を得て使用」などと書かれてビックリしたけど、著者のひとりデーヴ・グロスマンがどうやら「狭義のミリタリーSF」の執筆もやってるんだとかでもっとビックリ。どんな内容なんでショ?「二次宇宙の戦争」ってタイトルなんだそうだが…

<追記>

前作でも羊―牧羊犬―狼の、いわば擬動物化役割モデルみたいな記述は在ったのね。ボリュームとしてはほんのわずかで、今回はこの「牧羊犬」がいっそうクローズアップされてるような、そんなご時世。

*1:アメリカでは警察権力を行使する機関がいくつもあるのでまとめてこのように呼称される

*2:実際、人間の行動を安直に野生動物のそれに当て嵌めることにはどうも納得がいかない。大抵の「ひとでなし」は野生動物ほど自然な生き物ではない