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ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

レイ・ブラッドベリ「死ぬときはひとりぼっち」

小説・ミステリ

死ぬ時はひとりぼっち (扶桑社ミステリー)

死ぬ時はひとりぼっち (扶桑社ミステリー)

刊行形態はいろいろあるけど今回読んだのは扶桑社ミステリー版


ブラッドベリ追悼で再読。タイトルがね、いいと思う。以前細田守の「サマーウォーズ」を見たとき、あの幸せな大家族を描いた底抜けにハッピーな映画を見たときに自然に口をついて出た感想が「それでもおれは、死ぬときはひとりぼっちがいいなあ」だったか、まあそんなもんで、とにかく印象的なフレーズである。

初読はずいぶん前で、その時は正直いまひとつな気分だったことを思い出す。今になって読み返してみるとなるほどこの作品、傑作とは言い難い。「著者初のハードボイルド探偵小説」という触れ込みが、却って足を引っ張っているような気もする。むしろこれはブラッドベリ作品で言えば「たんぽぽのお酒」asin:4794912412に属するようなメランコリックでどこかペシミズムも感じさせるノスタルジー小説であって、お話しの狂言回しにたまたま殺人事件が用いられているだけではないだろうか?うらぶれた街も解体される遊園地も、孤独な老人達も貧乏な駆け出しの作家も、すべてはブラッドベリに特有の「少年らしさ」の発露であって、それは決して良い面ばかりではないのだろうな…と、思います。

路面電車で背後の席に座った男の言葉が気持ち悪かったからといって、なんの物証もなくただの勘で「あいつが犯人だ!」と決めつける主人公の行動原理にうまく乗れなかったのが初読当時に感じた違和感だったんだけど、原文(原題も)では「DEATH IS A LONRY BUSINESS」となっていて、Deathを死神と訳せばもう少し意志の強い発言に解釈されるのかーと今更ながらようやく納得。でも「死神は孤独な仕事だ」では詩的抒情も何もあったものではないんで、やはり翻訳者の業績は称えられるべきです。



続きがあるそうなんだけど、そっちは知らない。やはり死ぬときはひとりぼっちがいいということかな