ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

フィッツ=ジェイムズ・オブライエン「金剛石のレンズ」

金剛石のレンズ (創元推理文庫)

金剛石のレンズ (創元推理文庫)

恐怖小説というより幻想風味の強いファンタジーなんだけど、以前に「怪奇小説傑作集」で「あれは何だったか?」*1を読んだ人なので。同作は「あれはなんだったか」で本書にも収録されていて、訳の違いを読み比べるのも一興かと思われます。*2大瀧啓裕による巻末解説は例によって資料的価値が高く、33才で夭折したこの作家について様々な事実を知ることができます。この本に収録された作品群がわずか10年ほどの短期間で執筆されたという密度の濃さもさることながら、著者オブライエンの死因が南北戦争に従軍して戦死という壮絶さ…よりもむしろ、150年以上前に書かれた作品であるにもかかわらず、今日のこの日に読んでもまったく遜色のない面白さを保ち続けていることに驚かされます。考えてみるとH.G.ウェルズに先んじて透明生物を書き、アンドレ・ブルトンに先んじてシュルレアリズム空間を描いている。すごいぞオブライエン!

収録作の中ではやはり表題にもなっている「金剛石のレンズ」が一番でしょうか。顕微鏡に取りつかれた男が霊媒や殺人を通じて手に入れたダイヤモンドのレンズを用いて垣間見る拡大された微小世界の美しさや艶やかさと、自らの傲慢さ、視野狭窄によって訪れる醜い終焉の対比は素敵だ。ジプシーの呪いで動く殺人人形の一群と囚われの少女、しかしそれを助けに訪れるヒーローとなるのは傴僂の若者で…と、一筋縄ではいかない「ワンダースミス」も極めて良し。作品にどれも共通して言えるのは描き出された文章世界が極めて映像的に読解されることで、それらは単に描写だけでは無く視点の切り替え、カメラワークによって生じる効果なのだってこの作品映画が発明されるよりも前の時代の産物なんで、つまりは演劇的な演出ですね。そこが上手いのだと…

めりはりのきいた構成、急激な場面転換、絶妙な視点からの描写といったものに、鮮やかな劇的効果が巧みに織り込まれていることがよくわかる。演劇を知りつくした者ならではの、演劇の限界を小説という形式で突破しようとする試みが、細部にスポットライトをあてる克明な描写であり、百科全書じみた傍証としての衒学の披露である

巻末解説より。小説の観客は個人で、媒体は活字だ。それを利用して(当時は)物理的に構築不可能な情景、相手の知識量に阿る設定を自在に著述するという…たぶん「恐怖」よりは「驚異」を書きたかったんだろうなーと、そんなことを思った。もし長命を得ていれば、ポーやラヴクラフトとも居並ぶ名声を受け得たのではないかと、そんなような人です、オススメ。

*1:http://d.hatena.ne.jp/abogard/20110216

*2:「失われた部屋」も「なくした部屋」の題で以前読んでたhttp://d.hatena.ne.jp/abogard/20100415