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ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

リジー・コリンガム「戦争と飢餓」

戦争と飢餓

戦争と飢餓

第二次世界大戦当時の各国の世相・実態を「食料」をテーマに研究したもの。幅広い範囲に渡ってボリュームのある記述内容をもっているが、これでも翻訳は短縮版に基づくものなのだそうで、けだし労作です。連合枢軸両陣営のみならずラテンアメリカやアフリカ地域まで含めた食糧事情、前線や後方、策源地にまで様々な影響と変化を与えた事実が丹念に綴られている。日本側の典拠資料のひとつに妹尾河童の「少年H」が採られてたのはいささか疑問に感じるけれど(小説だもんねえあれ)、全体として実に濃い内容でした。

本書を読んでいるといままでいろんなもの、様々な箇所で見聞きしてきた知識が「食料」によって結びつけられていくような、そんな感覚を得ます。ナチスドイツのユダヤ人迫害、植民地経営に於ける日本帝国の失政、ソ連の軍事生産力などの、そういった物の裏にある食い物事情の本として大変に興味深いものです。

この時代、栄養学は実に進歩しているのですが実は1920〜30年代に既に軍隊の糧食事情に栄養学の知見を反映させていた先進的な国家は日本だった、との指摘は意外でした。しかし戦時体制下では瞬く間にその恩恵は失われてしまったわけなのですが…

アメリカの援助物資として大量にイギリスに持ち込まれたスパム缶の偉業(笑)はモンティ・パイソンのスケッチや「スパムメール」の語源としていまにも伝わるものですが、本当にクソ不味かったのは粉末卵だったらしい。冗談にもならない粉末卵がしかし同時代のソ連では極めて貴重なたんぱく源とエネルギー源で、ソ連の生活はイギリス料理より苦しいんだろうなーなんて思ってたら

ソヴィエト人は、日本をのぞく他の戦争当事国よりもはるかに少ない食料で生き延びた

なんて書いてあって頭を抱える。およそ日本人と日本社会が自らを第二次世界大戦の「被害者」と捉えがちなのは恩恵など無く被害ばかりだったからだという話にも、なんとなく納得が行きそう。実際には中国大陸や南方島嶼地域など当事国以外の国々で、もっと深刻な被害を受けた人々も多く存在するわけですが。

食い物、なんだよなあ。日本の(特にフィリピンあたりの)軍政が大失敗してそれとは対照的にGHQの戦後日本統治がなぜ上手くいったかと言えばさ。翻って現代はどうなんだろう?イラクアフガニスタン、そしてウクライナは?

それと同じくらいに想起されるのは19世紀のキリスト教文化圏による植民地政策が相当に(ある意味、非人道的に)システマティックだったことでしょうか。プランテーション化された各地域は相互のネットワークによる貿易市場なしには存続し得ないので、安直にそれを再分割しようとした20世紀の「遅れてきた国家」群が失敗するわけだよな、と。わかんないのはオーストラリア自体がこれほど大規模な策源地であるにも関わらず「米豪遮断」なんてことを本気で考えてた日本軍部の戦略か。それが出来るほどの海軍力も兵員数もなければ、仮に遮断したところでオーストラリアの継戦意志を削いであわよくば自陣営の懐に入れようだなんて虫の良い話には、およそなるわけがないよな。

19世紀から20世紀に掛けてもっとも成功した帝国主義国家はやはりアメリカ合衆国なんだろうなあ。不愉快な結論ですけどね。

そういえばこの本のアメリカに関する章では黒人の地位が低かったことには触れていても、ネイティブについては少しも記述がないな。