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ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

カート・ヴォネガット「はい、チーズ」

はい、チーズ

はい、チーズ

“ロジャーのやつにケツの毛まで抜かれた”って言葉が「タイムクエイク」にあって、作家が死後に未発表作品を掘り出されて単行本にまとめれらるというのはケツの毛まで抜かれるような話だなと、さすがにそういう印象を受けざるを得ない。カート・ヴォネガットのファンやマニアにとっては「カート・ヴォネガットのケツの毛」にそれはそれは多大な価値を見いだせるかもしれないけれど、そうでない人にとってはまあ、それぐらいのものでしょう。

正確な執筆年代は記録されていないのだけれど、概ねヴォネガットが作家活動に手を染め始めたころ、1950年代に「コスモポリタン*1などのスリック雑誌に短編が掲載されていた時代のもの。家庭向け高級週刊誌という発表媒体の特徴から作品内容がモラリステイックなものとなり、1950年代という時代性*2から古臭い空気に満ちているのも仕方がないが、が、しかし。

それでも「今年の創作講座を受講している学生はやけにお上品ですね」というその、まあなんだ。巻末に掲載されている(原著では冒頭に掲げられている)シドニー・オフィット*3による解説や翻訳を担当した大森望のあとがきでは金の卵を産むガチョウのようにこれら作家のひととなりとこれら初期作品群が絶賛されているけれど、結局のところは「金の卵を産むガチョウが死んだ後に巣から発見された卵のかけら」をアガメタテマツッテいるようでどうもね。“神の存在を信じられる人間にとっては、ブーブー星の存在を信じることなど朝飯前だろうからな”と、それも「タイムクエイク」にあったなあ…。死んだ作家も、死んだ作家の作品を出版する著作権代行業者も、死んだ作家の作品を出版する著作権代行業者によって作られた本を読む読者も、死んだ作家の作品を出版する著作権代行業者によって作られた本を読む読者で感想をブログに書く自分もみんな人類です。


素晴らしき哉、人類!


収録作品は収録順にだんだん面白くなっていくようなところはあり、いちばん最初の「耳の中の親友」に比べると巻末作品「説明上手」はストーリーの展開や若干のミステリー(あるいはサスペンス)要素をふくみ、鮮やか且つシニカルなオチが付きます。本書からベストを選ぶならこれかなあ。しかしやっぱり「母なる夜」で言ってた屠殺される豚の悲鳴の利用法が発見されたような、微妙な居心地の悪さを感じるのは確かで。


ほんで大森望の卒論研究ってヴォネガットだったのね。ヴォネガット好きってヘンな人が多いよな(オマエモナー)

*1:大瀧センセ風に表記すれば「カズマパラトゥーン」

*2:なにしろ半世紀以上前の時代ですぞ、石器時代か。

*3:すいません、誰だか知りません