ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

ロバート・ジャクソン・ベネット「カンパニー・マン」(上)(下)

カンパニー・マン 上 (ハヤカワ文庫NV)

カンパニー・マン 上 (ハヤカワ文庫NV)

カンパニー・マン 下 (ハヤカワ文庫NV)

カンパニー・マン 下 (ハヤカワ文庫NV)

これは面白かった!かなりの掘り出し物だった。ハヤカワ文庫のNVレーベルで刊行されたアメリカ探偵作家クラブ賞受賞作品だけれども、同時にフィリップ・K・ディック賞も受賞しているミステリータッチのSF。いわゆるスチームパンク的な改変世界小説で、ハヤカワSFで最近出ているスチームパンクものよりよっぽど面白い。いわゆる蒸気ものではないのだけれど、精神としては実にスチームパンク小説的(だと、自分が思ってるモノ)であった。

スチームパンクSFを紹介する書籍や雑誌記事などでジュール・ベルヌが取り上げられていると鼻白むことがある。彼の一連の作品は19世紀の作家という立場で極めて真っ当に未来を予想したものであり、どこからどう読んだってそこにはパンキッシュな精神なんて無いのだ。では「スチームパンク」なる概念はなんぞやと言われたら、自分ならばこう答えるね。


「知るか!!」


概念なんぞはどうでもよい。大事なのはそれが面白いかどうかだ。自分が好きなスチームパンク小説は何か「間違っている」作品であって、それを簡単に表現するなら19世紀のうちに蒸気機関が異常発達して文明が爛熟したロンドンとかそーゆーモノにもなりましょうが、別段蒸気でなくとも過去でなくとも、その世界を生み出した技術基盤が明らかに間違っていたりあるいは病んでいたりするともうサイコー。だいたいそんな感じ。だから1990年代に日本で受容された作品群(サクラ大戦とかね)や、現在早川書房が盛んに翻訳してるネオ・スチームパンク(とか言うらしいのだがよく知らない)小説はあんまり好きじゃないのだな。ああ石川賢の「烈風!!獣機隊二○三」asin:4056011214は別格ですよあれ最高ですよ?

ともかく、ひさしぶりに自分の好きなタッチの「スチームパンク小説」が読めてよかった。舞台になるのは20世紀初頭のアメリカ、ワシントン州イヴズデン(たぶん架空の都市なんだろうなあ)、基盤となる技術は蒸気機関でも何でも無くてあー誰かいたよなSF挿画家で得体の知れない妄想機械をおしゃれに描く人。アレだアレ(誰だよ)。そういう「なんだかよくわからないテクノロジー」が人類を繁栄させて、その技術の鍵を握っている巨大企業マクノートン社の意向が世界大戦すら回避せしめて平和なままの1919年という「間違った世界」を描くものです。マクノートン社の保安要員として会社の汚れ仕事を引き受けるシリル・ヘイズと新任アシスタントのサマンサ、そしてイヴズデン市警のガーヴィー刑事の3人を主役にすえて、「大企業の組合問題から生じた殺人事件」というある意味ベタな20世紀初頭のミステリー風味なところから始まる物語は、やがてマクノートン社の秘密やこの世界の文明・超技術に隠された謎を暴き…とあらすじだけ言えばそんな感じなのだけれどまあとにかく、おもしろかったのよ。

人間の「心の声」を知ることが出来る特殊能力を持ち、しかしその力に振り回されていろいろ破綻しているヘイズと、理想論者的なサマンサ、警察内部で理想と現実の狭間に立たされるガーヴィーとの三者三様の在りかたであるとか、ガジェットを描写するよりむしろテクノロジーによって変貌した世界のマイナス部分を見据えた筆致とかそういうところに惹かれます。繰り返し現れる謎の存在メッセンジャーと、巨大都市の地下に隠蔽されつつ宇宙開発とも関連してくる秘密の正体などなど。結末は決して幸福なものではありません。ときに二人ほど「あまりに御都合主義的な人物」も配置されています。瑕疵をみつけることも容易いでしょう。でもラストシーンで人間が作り出した稚拙なマシーンが動き始めるところは、なにか一種の感動を誘う。

「カンパニー・マン」ってタイトルがずっと気になっていて、それはヘイズが「企業の人間」であることとあんまり関係無いように思えまして。なにしろ不正規雇用で忠誠心などまるでなく、話の途中であっさり解雇されてしまう。カンパニーってなんだろう?CIAはまるで関係が無いぞ(笑)


軍事用語で言えば中隊、歩兵中隊のことです。


語源的には「パンを分け合う仲間」というような意味である。


最後まで読み終えると、なるほどヘイズは「カンパニー・マン」なのだなぁと納得する。そういう話である。



ところで「飛空艇」って言葉はファイナルファンタジーシリーズの造語だったかと思うのですが、すっかり一般化しましたね。