ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

パオロ・バチガルピ「神の水」

パオロ・バチガルピが(たぶん)好きなものは2つある。ひとつは文明が崩壊すること。長編小説「神の水」は気象環境が激変し水資源が枯渇しかかった結果、文明の基盤が失われつつあるアメリカが舞台だ。「水が無くなった」結果連邦政府が統治能力を失い、州単位で闘争が起きるアメリカというその舞台設定以外には、特にSF的なガジェットやねじまき少女のようなポストヒューマニティが登場することも無く、ストーリー自体は至って普通にハードボイルドタッチのクライム・ミステリーなので、SFマインド重視な人にはややつらいかも知れません。環境というか「格差社会SF」ではあるのかもしれないが。

設定そのものは「第六ポンプ」*1に収録されていた短編「タマリスク・ハンター」の世界を拡大させたもので、短編では淡々と進んでいく事態が一種の恐怖だったけれど、長編は冒頭からアパッチ・ヘリコプター*2による給水施設への強襲攻撃など、わりと派手目です。

とはいえメインはカリフォルニア州ネバダ州に水利権を牛耳られ、ゆるやかな死を迎えつつあるアリゾナ州フェニックスで、南ネバダ水資源公社の水工作員(ウォーターナイフ) アンヘル、ピュリッツアー賞受賞ジャーナリストルーシー、テキサス州難民の少女マリアの三人の人物を主軸として、この世界にあって計り知れない価値を持つあるモノ、を巡る陰謀と犯罪・・・といったところ。ネタバレするとある物というのは大昔にネイティブ・アメリカンが白人へと売り渡した水利権なんだけれど、それ自体はストーリーにそれほど絡んでこないのはそう、「マルタの鷹」だねこれはね。

アメリカが衰退する一方で中国が躍進しているようで、中国系企業のハイソサエティなんかも出てくるけれど、これにしたってひと昔前なら日本人だったのかも知れないねえ。別に国籍や民族に意味があるわけでなく、イマドキの作品だなあと思うわけです。

SFらしからぬことばかりのようだけれど、ラストでマリアが示す姿勢、「前」を見据えて変化していく視線はやっぱりスペキュレイティブ・フィクションなんだろうな。そして「前向き」が「モラル」とイコールではない、という苦さがこの作品の最大の魅力ではなかろうかと。

「昔、インド人の知り合いがいた。(略)そいつの話でいまでも忘れられないことがある。それは、アメリカ国民はばらばらだって話だ。みんな孤独だ。自分以外はだれも信用しない。自分しか頼らない。(略)アメリカ人は他の国の故郷を捨ててきた人たちの集まりだ。だから隣人と暮らすことを忘れてしまったに違いないと」

作中で妙に印象に残る台詞。イマドキの作品だなあと、思うわけですよ。

そんな感じで。

え、バチガルピの好きなものの2つめですか?それはもう

女の子が酷い目に遭うことに決まってるじゃないですか。

(*´Д`)

*1:http://d.hatena.ne.jp/abogard/20120327

*2:このヘリは「アパッチ」と呼ばれてヘルファイア・ミサイルやハイドラロケットを撃ち込んでいるが、兵員輸送もこなすのでSF未来ヘリかも知れない。スポンソンにデサントしてる可能性も否定できんがw