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ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

けものフレンズを見終えて。

うん、まあそんなにひどい話にならんだろうと思っていたので大団円でめでたしめでたし、は想定内でした。

 

よ゛がっ゛だ~~~~(ToT)

というぐらいにその、昨晩はべしょべしょしていたのだが。

自分は丁度4話が放送されたタイミングで見始めて、たしかふたばに変なスレが立ってるとか「君はまだけものフレンズを見ていないフレンズなんだね!」というような言葉が飛び交っていたような頃でしたか。そのころは「感染」というワードも流れていたけれど、「蔓延」して飽和状態になったのか、いつのまにか感染とは言わなくなってたな。

 

何が良かったかを考えるのは、ちょっと難しい。評判を聞いて試しに見てみた第1話の初視聴は、実は5分で1度再生を止めている。やっぱり見ようと考えなおしたのは、主にコウテイペンギンちゃんがエロいデザインだったからだ(本当です)

 

ゆるい作画とよくわからないテンションの芝居、妙にぎこちない動きの本編を見続けて、でもこれはちょっと、なにかが違うんじゃないのかと思ったのは、サーバルちゃんが「フタを開けられないこと」とラッキービーストが「明確に人間を選別すること」を提示して見せた1話のラストからで、そこから先はまーどんどんスブズブ。

 

「すごーい!」「たーのしー!」の台詞に代表されるように、誰も傷つけられない世界を旅すること、そこで困っているフレンズをかばんちゃんがヒトの知恵で助けていく「まるで民話のようだ」という構造。優しい世界の優しさはどこか噓臭くて、その噓臭さが廃墟のジャパリパークを覆っている空気。薄氷を踏むような伏線と、クライマックスのあー、なんだろう「戦い」じゃないんだよなあれは。災害対策に近いよな。自己犠牲的なところは差し詰め「グスコーブドリの伝記」か。

 

「人形劇のようだ」という評も聞きました。次回予告のPPPなんかはまんまそれだったけれど、最終回、桟橋の向こう側からジャパリバス(荷台部分)がにゅっと出てくるのは絵的というより人形劇のセット、小道具のような感覚で「あー隠してあったんだー」とつい笑いがこぼれる。

 

たぶん作劇構造・文法の基本的なところに非常に忠実に作られているのだろうと思います。驚かされることは多かったけれど、奇をてらったわけではない。安心して見ていられるつくり。11話のラストは確かに衝撃的ではあるけれど、一度落としてそこから上げるのも定番中の定番だ。

 

少人数のスタッフによるまとまりのよさ、良い意味での手づくりらしさ、そういうところもね、よかったね。狙ってできることではないけれど、世の中にはこれを狙えと簡単に言ってくる手合いがゴロゴロしているだろうことは、想像に難くない。

 

むしろ本当にヒトが絶滅していればいいのになあ、なんてことをふと思った。それはきっと、現実よりもはるかに優しい世界だろうから。

 

なんにせよ、アイアンリーガーの41話みたいな展開はベタだけれど効果的だってことです。ガルパン劇場版の「学園十色」しかりで。