ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

「ハイドリヒを撃て!」見てきました

公式。お盆の休みにどこか遊びに行こうと思ったらあいにくの天気だったんで仕方なく新宿で映画見るに済ませた…ら、結構なアタリだったので満足です。以下ネタバレありにて。

 ラインハルト・ハイドリヒの人物像と暗殺事件は大抵の軍オタなら聞きかじってるだろうしナチ関連の好き者ならまー必修科目みたいなものかもしれません。でも学校じゃあ習わないよな。なにしろ歴史的にはなんの意味もない出来事だったのだから。

 

映画やマンガなどフィクションの題材としてはよく取り上げられるハイドリヒ暗殺事件、「エンスラポイド(類人猿)作戦」を扱った内容です。本編はずっと「ナチスドイツ占領下のチェコスロヴァキア」を舞台にして、カメラはこの作戦に携わった2人の工作員(ロンドンの亡命政権から派遣されたパラシュート隊員)を主体に捉えていく。亡命政権の意向は現地の状況をまるで考慮することなく、「祖国」に残って抵抗運動を続けて来たレジスタンスメンバーと、「愛国心」を糧に任務を遂行しようとするヨゼフとヤンほかパラシュート隊員たちの温度差、軋轢はかなりのボリュームを占めていて、亡命政権側としては政治的なアクションとして暗殺を実行しようとするも、現地レジスタンスとしてはその後の報復を恐れる。(おそらくは)偽の連絡文を作ってまで作戦を阻止しようとする者もいる。工作員を匿う協力者たち、一般の家族や女性や教会関係者などもみな立ち位置は微妙に異なっていて、全編ずっと不穏な空気が漂います。それは非常によいサスペンスだ。

 

ある意味、グダグダな話ではある。冒頭、パラシュートで降下したところを無関係な地元住民に発見されて保護されたかと思いきや危うく通報されるところから、偽装工作のために女性2名と偽カップルで行動するうちにグダグダの恋愛に落ち込んだり、いざというときにはいきなり故障するステンガンとか(これは史実通り)。でもそういうグダグダ加減が良かった。等身大の人間がグダグダ右往左往して、泥縄みたいな暗殺計画を実行して、満足な成功を収めることなく切羽詰まっていく様が良かった。後世の歴史がどれほど称えようとも、その場にいたのはただのひとたち、「ハイドリヒを撃て」といわれて懊悩するただの普通の人々の映画だった。

 

タイトルにもなっているラインハルト・ハイドリヒはほとんど登場せず、満足な台詞もない。記号のように現れ記号のように襲撃され、その場は生き延びるが数日後負傷が元で死亡する(と、伝わってくる)。この映画の盛り上がりはハイドリヒ暗殺後、逃亡もままならず(地元レジスタンスの予想通りに)ナチスの報復は苛烈で、亡命政権はなんらの援助も行わず隊員やレジスタンスメンバーは徐々に追い詰められ、賞金と保身目当てに仲間を売るものが現れ(グダグダな展開だが、史実通りである)、結局誰一人助からない。

 

ハイドリヒ暗殺作戦とは、本当に必要な行動だったのだろうか?映画ではラストの字幕で、この一連の抵抗運動によりチャーチルミュンヘン協定を破棄し、以後チェコスロヴァキアを同盟国として扱った。と出る。大きな歯車をひとつ回すためには、小さな歯車は幾度回ればよいのだろう?大きな歯車同士の間に挟まり、砕けて壊れてしまう者も出るだろう。往々にしてスパイなんてそんなもんで、「ハイドリヒを撃て」と命じる人物はまったく画面に登場しない。それがいい。

 

クライマックスはプラハ市内の教会(聖ツィリル・メトデイ正教大聖堂だそうな)地下室に追い詰められ、水責めされてまるで「地下水道」のような壮絶なシーンで幕を閉じる。カトリック教会とはいえ誰一人水上を歩むことなくその場で自決していく様は衝撃的で、この間見たばかりの「ハクソー・リッジ」の無邪気なキリスト教原理主義と対比してしまうのは、まあしょうがないよな……

 

映画ではそこまで触れていないけれど、この事件の後イギリスはチェコスロヴァキアを強力に支援しました。イギリス陸軍内に「チェコスロヴァキア独立機甲旅団」が編成され、イギリス式の装備が供給されるなどしています(A30チャレンジャー巡航戦車を配備したのは支援なんだかいやがらせなんだかわからんw)。けどね、

 

結局チェコスロヴァキアを解放したのってロンドン亡命政権でも西側連合国でもなく、ソ連軍と左派勢力なんだよな。映画はそこまで言わなかったけどな。

 

ハイドリヒ暗殺作戦とは、本当に必要な行動だったのだろうか?それでもたぶん、必要だったんだろうなあと、苦い気分にはなります。そういうスパイ(隠密工作員)映画なのです。

 

いいねぇ……

 

 

ところでこの作品、PG12指定を受けていて戦闘シーンや拷問の場面はかなりどぎついです。気さくな小母さんがイキナリ拳骨で殴られ鼻血失禁ダラダラしながら青酸カリ飲んで死んだところをゲシゲシ蹴り飛ばされあまつさえ生首切り落とされたりします。隣の席の女性は悲鳴を抑えきれず身震いさえ何度も起こして、エンドロールの途中で席を立ってしまいました。ちょっと心配です。

 

……カップル客だったもので、その後が