ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

原尞「それまでの明日」

 

それまでの明日

それまでの明日

 

 

原尞、14年ぶりの新刊。このブログも初めて結構経つけれど、14年前に「愚か者死すべし」が出たときにはまだ開設してなかったんだよね。なので原尞の作品の感想を残すのは初めてか。

 

 ※数年前に「そして夜は甦る」再読してました。感想というかこれは感慨を書いているのだが

   http://abogard.hatenadiary.jp/entry/20130122/p1

 

「原尞は14年間何をしていたのか」は本書刊行に際して行われたトークイベント(?)で真っ先に問われたことらしいのだけれど、読み終えればはっきりわかる。原尞は14年間をかけてこの作品を書いていたのだ。それだけの内容にまずは感嘆。原尞は勤勉な(そして誠実な)作家なのでしょう。怠惰な作家ならば1つの作品に14年もかけないだろうし、不誠実な作家だったらここまで面白いものには仕上げないだろう。

ストーリーの細かなところまでは触れないようにおきましょう。「そして夜は甦る」が刊行された1988年以来の積み重ねが、本文にも各キャラクターにも深みと、そして磨きを与えています。さすがに自分が「そして夜は甦る」を読んだのは初版刊行当時ではないのだけれど、それでも四半世紀近くはこの作家と沢崎や錦織をはじめとした登場人物たちに付き合ってきたわけで。

ファンならもちろん言うまでもなく必読だけれど、むしろ原尞も沢崎シリーズも知らない人に、是非読んで欲しいものです。シリーズ既刊はいま新装版で出ているそうなんだけど、第1作目から読まなければいけないということは全然ないので、むしろここから入ればいいのじゃないだろうか。この最新刊が面白ければそこからあらためて彼らの過去を辿って行けばいい。ひとの人生を知るとは(例え架空の作品の架空の人物であったとしても)、つまりそういうことなのです。

 

 

以下本作とは直接関係がないのですが雑感。

 

「ハードボイルド小説とはなにか」について明確な答えを得ることは難しいかも知れません。しかし「ハードボイルド小説を書くにはどうすればよいか」については、原尞の作品を、特に「ミステリオーソ」「ハードボイルド」の2つのエッセイ集を読めばなんとなくつかめるように思うのです。

 

ミステリオーソ (ハヤカワ文庫JA)

ミステリオーソ (ハヤカワ文庫JA)

 

 

 

ハードボイルド (ハヤカワ文庫JA)

ハードボイルド (ハヤカワ文庫JA)

 

 

ハードボイルド小説を書くというのは、なにも奇をてらうことではなくて、あなたが普段考える事、感じる事をそのまま書けばいい。それで十分ハードボイルド小説足り得ます。ですがしかし「普段考える事、感じる事をそのまま書く」というのは、これは試しにやってみればわかるのですが、非常に困難なことでしょう。なんすればひとの思考や思潮というのはそもそも言葉ではありませんし、言葉にすれば抜け落ちることはいくつもあります。ましてや、出来上がった文章がどれほどハードなものであったとしても、それが「面白い内容」を持っているかは別の次元の問題です。普段考える事、感じる事をそのまま、且つ面白い内容として書く。面白いハードボイルド小説を書くとはそういうことです。

 

「面白いハードボイルド小説を書く」というのは大変な難題で、勤勉で誠実なハードボイルド作家が、勤勉で誠実な態度で執筆に向かえば、ひとつの作品を世に出すための14年というのはそれほど長いものではないのかも知れません。もちろん、もっと短い執筆期間で素晴らしい内容の作品を著わす作家もいるでしょう。

ただ残念ながら自分の読書量は限られていて、この分野で原尞を超える作家というものを他に知りません。

それで困ることも特にないので、今後も原尞は個人的ハードボイルド作家No.1の地位にあり続けるでしょう。

 

しかし考えてみればこの本が「3月」に出たのも、内容に合わせたハヤカワの仕掛けなんだよなあ…