ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

フォンダ・リー「翡翠城市」

 

翡翠城市(ひすいじょうし) (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 5045)

翡翠城市(ひすいじょうし) (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 5045)

 

 新ハヤカワSFシリーズというのも様々なカラーの作品を出していて、本書はいわば「現代異世界ファンタジー」みたいな作品です。時代は現代、舞台は地球で人間が生活していますが、読者たる我々が暮らしている時空ではありません。「ケコン島」という東南アジア風の気候・文化を持つ島が舞台で、解説では「香港を想起させる」とありますが、過去に外国に侵略・征服されそれを民族闘争で打ち破った歴史があるのは(そしてその過去が色濃く現在に影響を及ぼしているのは)ベトナムラオスカンボジアなどの国々も同じく想起させられるところで。

このケコン島はこの地球で唯一の翡翠を産出する鉱山を有し、そしてここが最も異世界ファンタジーらしい要素なのですが、この世界では翡翠を身に着けることによって人間の体力や精神力が強化拡張され、一種の超能力を振るうことが可能となります。「怪力」「敏捷」「鋼鉄」「跳ね返し」「感知」「チャネリング」と呼ばれる特殊能力を使って人が闘う(無論個人差があり、大きな特徴としては身に着ける翡翠の数によって発揮できる能力の度合いが変わる)、そういう設定を使って描かれるのは、マファイア組織の抗争の物語です。原著刊行に際して「二十一世紀版ゴッドファーザー×魔術」と謳われたというのもよくわかります。むかし「ガングレイブ」ってありましたよね。あんな感じの「現代異世界ファンタジーマフィア作品」とでも言えばわかりやすいかな?

<無峰会>と<山岳会>、2つの組織を中心に登場人物は多く、ストーリーは(というかキャラクター達は)複雑に絡み合います。とはいえ展開はスピーディで、2段組み約600ページのボリュームがあまり苦になりません。思うに、ゴッドファーザー的な「マフィアもの」という強固なバックボーンが既に世の中には存在しているので、そのガイドラインに従って物語は駆動し、読者もそれを摂取可能なのでしょう*1。若きリーダーの苦悩、兄弟家族の愛情としがらみ、仲間への信頼と裏切り、生と死、伝統を守る戦いと下層から成り上がることへの欲求など、展開する様々なシチュエーションはよくあるマフィアもの・ヤクザもののテンプレートのようでもあります。あるいは人によっては「仁義なき戦い」や「極道の妻たち」を思い起こさせるかも知れません。

しかし、たとえテンプレートの集合のようであってもその配置や順番を、どのキャラの立場でどのように描くかで、お話の面白さはずいぶん変わってくるはずです。そして本書は、(ここ大事なんですが)非常に面白い。

すごく完成度が高いというか計算された配置、流れ…ですね。そういうものを感じます。先日この本を読んで現代のアメリカではかなり作り込んだ文芸創作が行われていると知ったのですが、おそらく本書はそういうスタイルの作品なのでしょう。本書はデビュー作ではありませんが、巻末の献辞(例によって3ページも続く)には創作スクールの同期生も挙げられています。ちょっとキャラクター・アークというものを意識しながら読んだせいもあるのですが、カート・ヴォネガットが提唱したように完成した作品の分析ではなく、当初からそれを意識して設計された物語なのだろうと感じる、そういう作り込み…ですかね。どこで読者に共感させ、反発を植え込み、意外性を提示して伏線に気づかせる。読んでいるようで、実は読まされているのかも知れません。そういう不安もちょっと(笑)

アメリカの、ある種の連続TVドラマを見る感覚ってたぶんこういうものなんでしょうね。あちらはあちらで突発的なアドリブやら無計画な投げっぱなしやらも多いそうですが。

具体的なキャラクターやストーリー展開については書きだすときりがないのでやめておきますが、大変優れたエンターテインメントであることは疑いようもありません。連続ものになるそうで、続巻も楽しみです。

 

 

*1:近年ジョジョ5部というのもありましたが、あれにしてもやはりゴッドファーザー的なガイドラインの俎上にある内容でしょう