ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

H・P・ラヴクラフト「インスマスの影」

 

インスマスの影 :クトゥルー神話傑作選 (新潮文庫)

インスマスの影 :クトゥルー神話傑作選 (新潮文庫)

 

 南條竹則の新訳による、クトゥルー神話短編集。収録作品はすべてラヴクラフト自らによるもので、クトゥルー物で全集でもアンソロジーでも無く「短編集」というのも珍しいかな?傑作選と銘打つだけあって「異次元の色彩」「ダンウィッチの怪」「クトゥルーの呼び声」「ニャルラトホテプ」「闇にささやくもの」「暗闇の出没者」*1インスマスの影」と重要な作品が粒ぞろいである。どれもこれまで様々な翻訳者の手で日本語訳が成されてきたものばかりで、既存の物と読み比べるのも良いでしょうが、巻末解説にもあるように初心者・入門者向けのはじめての一冊といったところ。

訳文も読みやすいし、数あるHPL作品のなかからボリューム的・内容的に優れたものを集めているので一冊で概要を掴むには良いでしょう。まちがっても入門者に「クトゥルー神話事典」なんか押し付けてはいけない(戒め)

読みやすい分淡泊というかクドさにかける気がしなくもないし、叢書としての展開ではなくこれ一冊で閉じている点では、「クトゥルー神話」全体を知るためにはむしろ星海社の新訳クトゥルー神話コレクションを勧めたほうが良いのかも知れませんが、ましかし手軽に読める一冊というのはそういう良さがあるもので。

およそ怪奇小説の翻訳を長年手掛けていれば、どれだけ既訳があろうとラヴクラフト作品を自らの手で翻訳してみたいという意欲は生まてくれるのかも知れません。“Yuggoth”を「ユッグゴトフ」と表記するのは久しぶりで、ちょっと懐かしさもあり。

それとあらためて感じ入るのは「インスマスの影」の構成や伏線の張り方の妙で、これを最高傑作の一つとしてタイトルに冠するのは大変納得が行きます。文芸作品としての価値を主軸に置いた作品集なのでしょうね。

*1:これだけは既訳と随分印象の違うタイトルで、一般には「闇の跳梁者」「闇をさまようもの」として知られる