ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

池澤春菜・池澤夏樹「ぜんぶ本の話」

 

ぜんぶ本の話

ぜんぶ本の話

 

 池澤春菜嬢が作家池澤夏樹の娘であることは、むかしはあんまり広言されなかったように思うのだけれど、それでも結構前からこの2人が親子だ、ということは知っていた。そういえば明石家さんまの番組に「著名人を親に持つタレント」だかなんだかのゲストで出たことがあったなあ…

 

で、まあ親子そろって熱心な読書家である2人がたがいの読書体験を語ったりおすすめの作品を挙げたりするというきわめてほっこりした内容です。気の合う友人同士のような父娘というのはいいよね。児童文学や少年小説、SFやミステリーと言ったジャンルごとの章立てで、あくまでメインは「本の話」をすることであって、ひとつひとつ本の内容や書誌的なことについては軽くふれていくような感じです。差し詰め「戦わないビブリオバトル」か。そういうのもいいよな。そいえば以前ニコ動のビブリオバトル企画でコテンパンに(以下略

 

児童文学の章で「翻訳が出た頃、それを読むべき年齢を過ぎてたんだろう。そういうタイミングってあるよ」との発言*1にハッとさせられる。自分がハリポタにイマイチ乗れなかったことを思い出したんだけど、翻訳に限らず出版全体に於いて、自分がそれを読むべき年齢を過ぎていて、アンテナに引っかからずに流れて行った作品も多いのだろうなあ。福永武彦についての話やお互い「書く」ということについて話し出すと、急にシフトアップするような感があって実に宜しい。春菜嬢が何年も前から別名義で脚本書いていたとはついぞ知らずにいたものでまあちょっといや大分驚いたな(  Д ) ゚ ゚

きっかけとなった作品が原作付きアニメーションで、連載のストックが切れたオリジナル展開のプロットを提出して…というのは間違いなくアレだろうという確信的推測が出来るのだけれど*2、さて名義は一体誰なんだろう?それを詮索するのは流石に野暮か。

 

しかしいつかSF書いてほしいですね、春菜嬢にも。

 

そしてずいぶん前に池澤夏樹の「マシアス・ギリの失脚」で「人生を達観するならなるべく早い方がいい」のような文言を読んだことを思い出して、実際そのように生きてきたことだな…と感慨にふける。ぜんぶ本のせいだ(笑)

 

*1:池澤夏樹による「ドリトル先生」評

*2:恐ろしい宇宙人の地球侵略を描いた作品だと思う

酒見賢一「後宮小説」

 

後宮小説(新潮文庫)

後宮小説(新潮文庫)

 

 「改版」というのもあるらしいけれど(amazonで出てくるのはそれらしいのだけれど)、読んだのは平成五年刊行の文庫本(の、二十一刷だった)。第一回ファンタジーノベル大賞受賞作で、これまで初期のファンタジーノベル大賞関連は色々読んでて、いくつか好きな作家や作品もあります。でも本書は未読だったのよね。理由はやっぱり「アニメで見たから」に尽きる訳で、原作とアニメはずいぶん違うとも聞き及んでいたけれど、なんでか知らずか読む機会が無かった。それを何故いまさらかと言えば理由はやっぱり「アニメを見たから」になるわけで、先日BS12で久々再放送されたのをきっかけに手に取ってみました。

成程ずいぶん違うというか、アニメの製作スタッフはこの二重にも三重にも人を食ったような怪作を、よくもまーあれほどソフトでしっとりしたラブロマンスに仕上げたものだなーと感銘を受ける。1990年という時代はスタジオぴえろ全盛期であったし、ジブリアニメ的な作風は世の中に落とし込みやすいものでもあったろうけど、偽書偽史)であり且つポルノでもある「騙り」を削って普通の作品(普通ってなんだ)にしたとしても、一歩間違えばこれ中華風くりいむレモンになりそうなところを、よくこらえたものですね。やはりスポンサーがデカいから無茶も出来ませんでしょうね(´・ω・`)

性行為自体はそれほど生々しく描写はされないのだけれど、性の哲学と後宮の在り方みたいなことは滔々と述べられていて、それがまったくもってフィクションだというのが、本書のもつユニークさでもあります。20代にしてこれほど怪しい(褒めてますよ)作品をよくも投稿したものだし、審査員もよくもこれを選んだものである。決して「新人賞」ではなかったはずのファンタジーノベル大賞が、その後長年にわたって稀有な才能を持つユニークな作家たちのカタパルトとなり得たこと、そういう方向性を持てたことは、この第一回大賞受賞作品のおかげに他ならないことでしょう。

 

アニメと比べると渾沌のキャラが実に良い。アニメでも渾沌自体はいい味を出すキャラだったけど、原作はそれ以上で、そして怖い。江葉の良さも格別だけれど、江葉の名セリフはアニメオリジナルだったのだなー。セシャーミンもタミューンも、コリューンも角先生もイリューダも、要は皆キャラが濃いのだな、アニメと比べると。

ブッツァーティ「タタール人の砂漠」

タタール人の砂漠 (岩波文庫)

タタール人の砂漠 (岩波文庫)

 

 人生とは不条理なもので、不条理なものに囚われる人間というのはしばしば文学が止揚するテーマでもある。有名なところでは安部公房の「砂の女」があるけれど、本書「タタール人の砂漠」も人が不条理な場に囚われる物語であります。砂漠に面した国境の砦で永遠に来ない敵の訪れを待ち続けるまま無意味に年月を重ねていくドローゴ中尉の人生、この手の話では必ず(?)そこから逃げだせる機会をあえて選ばないという機微があるけれど、本書も同様ではある。「砂の女」はそこで話が終わったけれどもこちらはさらにその先があり、ついに敵の訪れと戦いがまさに始まらんとするそのときに、ドローゴは老いと病で砦を追われることとなる。そういう不条理、無意味さの先に待ち受ける死、タナトスとの対面を描いたもの。

 

これ若い頃に読まなくてよかったなあ。就職氷河期のボンクラ学生が見たら死ぬぜ(´・ω・`)

 

齢とってから読んでみると、まあ世の中だいたいそんなもんですからねと(´・ω・`)

 

ところで巻末解説はブッツァーティの来歴を主に説いているけれど、児童ものへの言及がないのはなんでなんだぜ。

ヴァイオレット・エヴァーガーデンTVシリーズ

再放送で履修完了しました。劇場版公開前に見終えられて良かったのだけれど、本来劇場版合わせで行われたはずの再放送が、2度目の公開延期により期日がズレてしまったからというのは、これは素直に喜ぶところではないよな…

 

ヘレン・ケラーが感覚を手に入れりような、聖痕(スティグマ)を持つ人が水上を歩行するような「奇跡」の話ではある。死者の蘇生もするかと思ったけれど、そっちはどうなるんだろう?

「帰還兵もの」でもある。ヴァイオレットがはじめて自分の意思や希望を他人に示したのが戯曲という「つくりごと」にまつわるエピソードだったのはなんか良かった。

軍事関連の描写は全部ヘンだったが、そこは本筋ではないからにこやかにスルーする(^q^)

 

劇場版は勿論、もう一回外伝を見直したいな。なにしろ前回見たときはなんも設定知らなかったんで「ロボット・アンドロイドもの」だと信じて疑わなかったのだwww

 

本放送当時は全然アンテナに引っかからなかったんだけど、それは同期の作品が強すぎたんだなーとあらためて。当時もこんなエントリ書いてたからねえ…。しかしこうして埋もれることなく作品は残り続ける。それは本当に素敵なことなのです。

 

だからクリアカード編の続きもですね、ワシが生きているうちにですね、

川村拓「事情を知らない転校生がグイグイくる。」⑥

 amazonのリンクはkindle版しか貼れないのか(´・ω・`)

 

さすがに6巻にもなると「事情を知らない転校生」どころの話では無いのだけれど、「ヨコハマ買い出し紀行」だってヨコハマに買い出しに出たのは最初と最後の2回だけだしでまあいいか。

登場話に即壊滅するサソリ団の話も良かったけれど、やっぱり今回はビデオチャット授業参観の回でしょうか。初出はわからないのだけれどコロナ自粛の頃だったりするのかな。そして太陽の親父は恒星で、でっかいねえという話でもある。

 

勤務先がな(´・ω・`)

チャーリー・ジェーン・アンダース「空のあらゆる鳥を」

 

びっくり、セカイ系小説でした。 

なんと懐かしい響きかー!

 

魔法使いの少女と、科学者の少年。どちらも天分の才に恵まれ、どちらも家庭生活や社会環境で孤立している二人が幼くして出会い、様々な障害にあって別れ、成長して再会するも世界はやがて崩壊の危機を迎え、その中で対立する2つの陣営に分かれた2人は…という「キミとボクのセカイ」かと思いきや、驚天動地のラストで実は全然別の「キミとボク」が世界を再構築するのであった。

 

うむ。

 

ネビュラ賞ローカス賞のダブルクラウンか。

 

うむ。

 

男女の毀誉褒貶、浮き沈みの激しいところはいかにもイマドキのアメリカ作品であって、キャラクター・アークを書いたら面白いでしょうね。お互い齢を重ねる中で別々に恋愛しパートナーを得てまた別れてようやく2人はお互いを…というクライマックスで悲劇がドカンと降ってくるところも実にイマドキだ。

作者がトランス女性で同性愛者だとあってそれはつまりどういうことかと考えて、ああヴァージニアスのフィーリアちゃんですねと2秒で結論が出たのも実にイマドキである。

池澤春菜・高山羽根子「おかえり台湾」

 池澤春菜嬢の台湾本としては4冊目(既刊はこちら)ですが、今回は作家の高山羽根子さん*1との共著で版元も違っているし、シリーズという訳ではないのですね。「一歩踏み込む二度目の旅案内」とサブタイトルにあるように、初心者よりもう少しレベルアップした人向けの台湾旅行スポットガイドです。各章ごとにプレゼンターを後退していくという趣向で、高山さんのパートは博物館やアートスポットなどこれまでの春菜嬢の本では見なかったような切り口、そして春菜嬢のパートはお茶や食べ物、薬膳などでありますが2人の共同プレゼンとして「幸福路のチー」を主軸に映画を紹介する章もあります。全体的にボリュームもあって楽しい旅の本、ちょっと遠出も憚られる昨今にあってはまさに読書こそ旅、なのでしょう。綺麗な建物の写真や綺麗な食べ物の写真に心も和みます…

気になったのは章によって本文のフォントサイズが他と揃ってないところがあったのと、そもそもなんでインプレスなんだろうというあたりかw

空豆と鶏肉のスープは真似してみようかな…(結局食べ物に収斂するのか)

 

しかしこの本の取材行はかなりギリギリというか、何かが少しでもズレてたら大変なことになっていたんだろうなぁと。

*1:「オブジェクタム」を読んだことがあります