ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

ピーター・S・ビーグル「心地よく秘密めいたところ」

天才を一人挙げろ、と言われたら間違いなく自分はピーター・S・ビーグルを推す。
彼はわずか19歳でこの作品を書き上げ、それはまさしく天賦の才によるものだろうと思うからだ。

「A FINE AND PRIVATE PLACE」というのはつまり「墓地」であって、人間は自分の生きた人生よりも、死んだ後の人死(造語)のほうが遥かに長い期間であるので、生前よりお墓に対して親愛のあー、情をもっても悪くは無い。

社会から逃げ出して共同墓地に棲みついた男レベック、夫を亡くして墓地で扶養者を発見するクラッパー夫人、墓から掘り出される幽霊マイケルと墓を抜け出す幽霊ローラ。

そしてカラス。

それは友情だったり、愛情だったりする。プラトニックであったり、打算的であったりする。閉鎖された環境、隔絶された場所、アジールの中で繰り広げられる、やさしい、ひとのいとなみ。

「ここが好きなんです。ほかの人が地球上のどこかの場所を自分の家にしているのとまったく同じに、この場所、この暗い街がわたしの住処なのです。わたしはほかのどんな場所にも住めないのです。(略)どの場所にも自分がうまく合わなければ、だれをも傷つけず、だれも彼に気づかないどこか別の場所へ自分を押し込めるよう努力すべきです。(後略)」

この話の主題はなんだろう、なんてことを考える行為は、時に空しくなる。
ただ文章思考を委ね、漂っていればそれでいいような小説作品が世の中にはあるのだ。

それでも結局、この話の主題は「心を偽っていた人々が、そうでなくなること」なんだろうと自分は考える。あるがままの世界、心地よくも無く、秘密めいてもいないところへと、ひとは出て行くのだ。

「なるほど。つまり、ひとつの世界からはみでたので、もうひとつの世界を採るより仕方がなかったというわけですな。怠慢によって(略)ここはひとつの世界なんかではない。世界はひとつしかありゃせんのじゃ(略)君は世界を出たと思っているのかね?そんなに楽々と逃げ出せると思っているのかね?(後略)」

初読から十数年が過ぎても、自分は未だに世界から逃げ出せてはいない。

ピーター・S・ビーグルはこれ以降「最後のユニコーン」と「風のガリアード」を著している。どちらも読んだが、やはり「心地よく秘密めいたところ」が一番だと思う。

それは多分悲しいことではあるのだろうけれども、もし、ボローニア・ソーセイジをぶら下げてよたよた飛んでいるカラスを見つけても、どうか石を投げるような真似はしないでほしいものである。それは誰かの、友達かもしれないのだから。