ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

キャスリーン・マクロン「大英帝国下 ある英国紳士の生き方」

大英帝国下 ある英国紳士の生き方

大英帝国下 ある英国紳士の生き方

人から借りて読む。1913年に生まれ2000年に没したとあるイギリス人、アラン・マクロン氏が自分の半生を回想し、述懐した自叙伝。*1日経新聞の「私の履歴書」みたいなものだ。

英国紳士、と言ってもジェントルマン階級ではなくミドルクラスの、ごくありふれた人物が、20世紀のごくありふれた生活と、激動に溢れた時代の点描とを叙述している。20世紀初頭のイギリス人が何を考えていたか、とか外国人に対してどのような思いを持っていたかなどの実態が文中行間からにじみ出している。

1920年代のこどもの一日とか30年代の男女交際のありかたとか、1950年代の復員軍人の生活とか庶民的な事柄が読んでて結構おもしろいのだけれど、やっぱり自分の興味はまぁ、アレなところにある訳で、20世紀という連合王国の世界支配が没落していく黄昏の時代にあっても変わらず存在する矜持、プライド?

 私にとって大英帝国はじつに大きな存在だった。とてつもなく大きな存在であり、とても素晴らしい存在だった――当時抱いたこの思いは、いまもまったく変わっていない。私たちは大英帝国に対して純粋な使命感を持っていた。私たちは同情心をもって僻地を支配し、帝国の隅々で奉仕する人びとは、その土地の言葉を、文化を学び、彼らと共に生きたのである
 だから、一九二二年、エジプトが大英帝国を離脱し、独立した王国になろうとしたのをおぼえているが、これは私にとって大きなショックだった。いったいどうしてそんなことを望むのか、理解できなかったのである

1922年と言えばマクロン氏9歳のみぎりである。この純朴な善意こそが「帝国主義」なるものの本質だといったら過ぎるだろうか。

第二次世界大戦には軍人に志願し、高射砲部隊将校として勤務したマクロン少尉がDディ+42日、ジュノー海岸から上陸した折に「紅茶サービス係」のテントを見て驚愕する件がある。

この一杯のティーの味は完全に天国のものだった。(略)このとき私はつくづく思った。「われわれはティーなしでは戦いはできない」と。

一方太平洋戦争で敵対し、香港・シンガポールを占領した日本人には捕虜虐待の怒りも合わせてかこのように切り返す。

少なくとも日本人は自分たちの兵隊に対しても残酷だったそうではないか。それにわが国の男たちは毎日毎日米ばかりでは生きていかれない。日本人は平気なのだろうか。

さすがはモンティ・パイソンを生んだ国の人である(笑)註1で記したように娘さんは日本人と結婚しているがこの通りお舅さんは日本人が嫌いで、実はイタリア人は信用ならず、フランス人は臆病で、ドイツ人は憎悪しアメリカ人は詐欺師か気狂いだと思っている*2。つまり、平均的市民の思考から類推される大英帝国の真の姿とは、

「 島 国 」

そのものなのだ!

*1:書き起こしたのは娘、訳したのは娘婿の日本人

*2:戦後イギリスが海外植民地を手放した理由は、アメリカがレンドリース法を突如終了し債務履行を迫った結果、極度の財政赤字に陥ったからだと憤慨している。宗主国からのこのような視点は個人的には新鮮だった