ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

森見登美彦「夜は短し歩けよ乙女」

夜は短し歩けよ乙女

夜は短し歩けよ乙女

恋愛小説とカテゴリーしたが天狗が出てくるのでファンタジー小説かも知れない。いや個人的にはハードボイルド小説だと思うが。

我が本読みの師に曰く、森見登美彦が世に出た当時は第二の滝本竜彦と称されること多けれど、現在にては左様なことを語る者無し。なんとなれば森見登美彦は既に物心両面に於いて滝本竜彦など軽く凌駕するが故に。

すばらしい、それでこそ滝本!

などと感嘆している場合ではない、最近株価急上昇森見登美彦初読である。一応本屋大賞2位受賞作だがやはり師に曰く「最早形骸化された本屋大賞に価値無し、読むべきは次点以下也」だとかで…

いやー、こりゃ面白かった。今年上半期読んだ内じゃベストかな?侠気溢れる主人公と健気なヒロインはとても素敵。一見するとありがちなドタバタっぽいので幾らでも類似作を挙げられそうな気もするが、なに学生なんて何時の時代何処の場所でも似たようなことはほれ、やっとるものでな。

「しかし、諸君!」
私は両手を上げ、満場の論的たちに向かって掠れた声で叫んだ。
「しかし、そこまで徹底して考えろと言うのならば男女はいったい、如何にして付き合い始めるのであろうか。諸君の求めるが如き、恋愛の純粋な開幕は所詮不可能事ではないのか。あらゆる要素を検討して、自分の意志を徹底的に分析すればするほど、虚空に静止する矢の如く、我々は足を踏み出せなくなるのではないか。性欲なり見栄なり流行なり妄想なり阿呆なり、何と言われても受け容れる。いずれも当たっていよう。だがしかし、あらゆるものを呑み込んで、たとえ行く手に待つものが失恋という奈落であっても、闇雲に跳躍すべき瞬間があるのではないか。今ここで跳ばなければ、未来永劫、薄暗い青春の片隅をくるくる廻り続けるだけではないのか。諸君はそれで本望か。このまま彼女に思いを打ち明けることもなく、ひとりぼっちで明日死んでも悔いはないと言える者がいるか。もしいるならば一歩前へ!」
議場は水を打ったように静まり返った。

なんという侠気!なんというハードボイルド!男はこうありたいね!

と言うわけで主人公である私は意中の人である彼女にさっぱり想いを告げられずクヨクヨコソコソ街を徘徊し、彼女は彼女で健気と言うか天真爛漫というかどっかネジ外れてませんかというぐらいずいずいずかずか街を闊歩するのであった…

私事ながら、自分は現役受験生であった高校三年生の折、同人誌即売会にかまけてあらゆる大学入試に片端から落ちて以来、他人の才覚に嫉妬するよりも自分の不明を呪うべき也と考えここまで生きてきた。爾来十数年、一度たりとも他人の才覚に賞賛こそすれ嫉妬心を憶えたことはない。が、禁を破り森見登美彦と「夜は短し歩けよ乙女」を著したその才覚に激しく嫉妬するものである。ほぞを噛むにはアパートを解体せねばならぬし敷布を噛むのは男子にして成さざるべきことである。せめてハンケチを噛みたいところだが手元にはハンドタオルしかない。故にハンドタオルを噛んで嫉妬心を燃え上がらせることにする。

きいいいいいっ!

…しかし考えてみればハンドタオルに罪はない。やはり呪うべきは己の不明と才覚の無さ加減であろう、嗚呼。