ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

ジョー・ウォルトン「バッキンガムの光芒 ファージングIII」

バッキンガムの光芒 (ファージング?) (創元推理文庫)

バッキンガムの光芒 (ファージング?) (創元推理文庫)

英国歴史改変ミステリー第三弾。伝統的な城館での密室殺人に始まったこのシリーズも、完結編の今回は政治的スリラー・ポリティカルサスペンスの色が濃いか。原題は「HALF A CROWN」、半クラウン硬貨でありまた王冠を意味しといろいろ。邦訳では第一巻の書名をとってそのまま「ファージング」と題されているこのシリーズ、作者は「ファシストたちとの静かな生活」あるいは「わずかな違い」と呼んでいるのだとか。巻末解説では“ホロコーストをコージーミステリーとして、ファシストを交えて書いている”との言も引用されている。なんでタイトルは小銭なんだろうとは常々疑問だったけれど、漸く今回にして納得。市政の、庶民的なちからこそがイギリスを救うという意味か。そしてそのシンボルとなる権威は実に英国的な存在で、ロンドンの時計塔が「エリザベス・タワー」と改名されたこの時期に読めたのは良かったな。

ストーリー的には権力者に弱みを握られながら英国版ゲシュタポ的公安機関「監視隊(ザ・ウォッチ)」隊長に任命され、意に沿わぬまま警察活動を続けつつも裏ではユダヤ人逃亡組織を束ねるカーマイケルの苦悩と、前巻の解説で「次回は意外な人物が語り手となり」なんて書かれてて即座にネタが割れた(笑)亡きロイストン巡査部長の娘エルヴィラの美しく成長した姿が描かれる。カーマイケルの後見を受け(形式的には)上流階級の一員として、良くも悪くも世間知らずのまま社交界デビューを控えた彼女が、些細なことから政治的な陰謀に巻き込まれ自分の属する世界の真実に気づき…と、いうような。年頃の女の子二人が出てきて、しかしエルヴィラよりも親友のベッツィの方がユダヤ人弾圧やナチスドイツに対して懐疑的なところは面白かった。普通なら逆だよな。

有力な政治家が幼稚な犯罪に手を染めるのはどうも納得がいかないと前にも書いたけれど、今回もある有力な王室関係者が実に稚拙なクーデターを画策するのでどうもね。解説を読むと作者ジョーウォルトン女史は現実のイギリス政治(本シリーズが執筆されたのはブレア内閣時代、イラク戦争協力などの親米路線をとった)にひどく憤っていて、そのあたりの心情からある種の政治風刺、皮肉として描いているのではないか…と、これは自分の勝手な想像。皮肉と言えばこの世界では独ソ戦のみならず日本もアメリカに原爆投下して太平洋戦争に勝利しているらしい。大国同士の核戦力保持による均衡和平政策を日本の将軍(ナカジマ大将だってさ)が説く場面は実に皮肉であり、シニカルな笑いがこみ上げる。そう、作者がこのシリーズを「わずかな違い」と呼んでいるのはこういうことなんだな。わずかに違うだけで、我々は同じ穴のムジナであります。

前評判ほど絶賛する気はないんだけれど、それなりにおもしろいシリーズでした。近現代のイギリス史に詳しければ、一層楽しめるかも知れません。