ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

ヤン・ヴァイス「迷宮1000」

迷宮1000 (創元推理文庫)

迷宮1000 (創元推理文庫)

SFというかファンタジー、おそらくは東欧圏で「ファンタスチカ」と呼ばれるジャンルの作品*1だと思われるが、長年ロシア・東欧SFを翻訳された故・深見弾氏の業績に敬意を払う意味でも「SF」としておく。

十代の頃に一度読んで、大変に感銘を受けたもの。残念ながら初版のみで絶版品切れとなったようで以前神保町でえらく高値が付いていたのを目撃した(最近は緩和された模様)けれど、幸い図書館で見つけられました。

ひとことで言うと不条理な小説です。初読当時吉田戦車の「伝染るんです。」やデビット・リンチの「ツイン・ピークス」が好きで、そういうものの延長で読んだ覚えがある。いちおうストーリーめいたものはあり、概要を書いてみると

記憶喪失のまま見知らぬ場所で目を覚ました主人公が実は探偵で、1000階建ての巨大ビルディング「ミューラー館」に囚われたタマーラ姫を探し出し、館の支配者オヒスファー・ミューラーの圧政を打倒する…

ようなものか。面白いのは目ざめたときから主人公ピーター・ブロークがずっと「透明人間」な状態で、その利点を生かして様々な場所に出入りし機転を利かせて行動する、かのように見えて実は単なる狂言回しであるところ。ストーリーにそれほど意味は無いしタマーラ姫のキャラも弱い。では何が面白いかと言うと無色透明な主人公の視線を通じて描かれるミューラー館の喧騒と奇矯な人物像か。短い章立ての連続や台詞の応酬だけで回していくところなど文体は独特で、いわゆるポストモダン小説やライトノベルのスタイルにも通じたものがありそうだけれど実はこれ1929年の作品なんです。

文章の構成やストーリーの展開もかなり突発的・断章的で唐突に前後のつながりが失われるような箇所もあったりする。宇宙旅行を装った大量虐殺施設や奴隷階層の反乱、館内部の様相は次々に現実性を喪失していき、読書感覚としては「夢」をそのまま活字化して読まされているような、ちょっと変わったトリップ観が味わえます。ロジックではなくセンスで書かれたような作品で、そういうのが好きだったんだな10代の頃。ボリス・ヴィアンの「北京の秋」をもう一度読みたいな。

まーぶっちゃけオチもなのはどうよと、初読当時も再読した今も思うんだけれど(笑)