- 作者: 月村了衛
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2012/10/30
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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機龍警察シリーズが貸し出しされてたので代わりに…と、事前になんの情報もなくと言うかこれほどベタな時代小説を書いていたとはまったく知らなかったのでちょっと驚きました。アニメの脚本やってた頃より引き出しが(と言うより引き出しから出せるものが、か)広くなったなあと、そんな印象です。徳川家康の時代、謀反に倒れた家門の姫君と小姓を守りその逃亡を助ける伊東一刀流の印可を受けた凄腕の剣士「神子上典膳」との逃避行ってこれ「機忍兵零牙」*1と同じプロットじゃねえかなんて引き出しの狭い人だ!などといささか鼻白みながらページを手繰っていったものです。追っ手の側にも曰くありげな剣士、剣術使いがいるのもベタなら行程の途上でいわゆるサンカの漂白民の助けを得るのもまーベタだ。そして思いの外ストーリーはスムーズに進み全体のほぼ半分ぐらいのところで目的地に着いて庇護を受けちゃう。
アレ?
うん、実はまだ続きがある。むしろここからが本番で「機忍兵零牙」を読んだときに受けた「辿り着いたからといってどうにも成るものではあるまい」という疑問に答えるような内容となっています。
どうにもならんわなあそりゃなあ。ということで話の筋はあてもなく諸国を放浪し目についた弱者を何の報償もなく助けていくこの人物は一体何者でどんな理念で行動しているのかという、アイデンティティの己求みたいな話になっています。「神子上典膳」の正体が明かされるシーンで重要な意味を持つのがタイトルにもなっている「無想剣」でなるほど巧いものだなと唸らせられる。
直球しか飛んでこないようなベタベタの空間を作った上で微妙に外した変化球を投げてくる、そんな話か。主人公よりも周辺の他の人物がなんだか面白くって、話の冒頭から如何にも伏線的に関わり続ける敵方の剣士白木蔵人とは結局決着を付けずに終わるし、物語の決着が完全に付いたあとでついでのように小野善鬼と立ち会って破れる黒蓑右門と左京次の兄弟(これがまた如何にもベタに兄弟二人で一体となった謎剣術を使ったりする)の、ある種の無意味さが却って意味有りげで不思議な読後感です。神子上典膳を召し抱えるべく当地を訪れるも行く先々で全然出会えない徳川家家臣小幡勘兵衛のキャラはまるでシチュエーション・コメディのようだけれどもこれがまた重大な伏線だったりして。主人公以外の登場人物がやけに弁舌な「自己紹介」するのもフックになってるんだなーこれ。
技巧的に外す、というつくりは面白いけどこれだけ単独で読んだら面食らうかもなあ。先に「機忍兵零牙」を読んでおいて良かった。
昔のバトルもの少年マンガでよくあった「無我の境地」に辿り着いちゃったらいくら主人公が無敵でも読んでる読者はあんまり面白くない、あらためてそれを提示するような話でもあり。