ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

フェリックス・J・パルマ「時の地図」(上)

時の地図 上 (ハヤカワ文庫 NV ハ 30-1)

時の地図 上 (ハヤカワ文庫 NV ハ 30-1)

数年前に出たときにそれなりに話題になったのを覚えている本。「宙の地図」という続編も出ていてその時も気にはなったけど、これまで読んでなかったんだよね。どうも自分上下分冊本にあまり手を出さない傾向にあるようです。なんでなんだか、自分でもよくわからんけど。

それをなぜ今になって…といえば例によって「乙女の読書道」だったりするわけだこれが(笑)

ハヤカワ文庫の、なぜかSFではなくNV(翻訳一般小説)のレーベルから出ている本書ですが、扱われているテーマは「時間旅行」でおおぅ、まさにSFである。切り裂きジャックに恋人を殺害されはや八年、意気消沈を続けるのにも飽きたアンドリュー・ハリントン君が拳銃自殺を図ろうとしたその瞬間、親切な従兄弟のチャールズ・ウィンズロー君がやにわに現れ

「過去にさかのぼって彼女を救い出すんだ!」

などとステキ提案を持ちかけてくるわけです。世はまさにH.G.ウェルズの「タイムマシン」が大ブームを巻き起こしているビクトリア時代大英帝国、人々の間に「時間旅行」すなわちタイムとはトラベル出来るものなんでないかい?という概念が芽生えた時代。そんなのお話しの中の絵空事でしょーとすげなく袖振るアンドリューにチャールズが差し出した印刷物こそ未来への時間旅行を可能とさせたとする「マリー時間旅行社」の観光案内パンフレットでした。「未来に行けるんだから過去にだって向かえるはずだ」という、特に根拠のない主張をもとに二人が訪れた時間旅行社社長ギリアム・マリーはしかしすげなく断るのです。

「うちの時間旅行はアフリカの魔術を元手にしていて西暦2000年への一方通行しか出来ません」

魔術なら仕方ない。うなだれる二人に対してマリー社長がふと漏らしたことは…

「でもH.G.ウェルズならタイムマシンの一個ぐらい持ってるかも知れませんよ?」

「「「それだ!!!」」」

そこで二人の紳士は馬車を飛ばしてウェルズ宅へ向かうのでした。特に根拠もなく。

「あなたがウェルズか」「ですよ」「よしタイムマシンを出せ」「あるわけねーだろ馬鹿」

自殺を図っていたアンドリュー君から取り上げたピストル片手にチャールズ君が幾ら凄んでも、そりゃ出てくるわけがありません。仕方なく脅す相手を作家本人から奥さんに変えて銃口を突きつけると

「ちょ!待って、わかった。実は屋根裏に隠してあるんだ。秘密にしていて正直スマンかった」

ほんとにありました。すごいぞウェルズ氏。

謎めいた科学者の手によって作られた本物のタイムマシン、しかし過去への旅を実際に行った科学者本人は結局戻ってはきませんでした。「僅かな過去への移動は自分もやってみてダイジョブだったけれど、歴史を変えるような大それた行為には時の番人のようなものが妨害を加えるのかも知れないなあ」などと言われたところで今更アンドリュー君の熱意がくじけるわけがありません、過去にさかのぼって恋人を助けるんだ!あ、言い忘れてましたが大企業オーナーの次男坊であるところのアンドリュー君の恋のお相手メアリー・ケリーさんは切り裂きジャックにころころされちゃうぐらいですからホワイトチャペルの街頭娼婦で身分差からの道ならぬ恋というやつです。嫌が応にも盛り上がり、レッツタイムトラベル!八年前に舞い戻ったアンドリュー君は逡巡しながらも拳銃の一発で切り裂きジャックを仕留めて無事にメアリーさんを助けるのでしたやったね (^o^)v!!

なるほど確かに「時の番人」らしき謎の人物も現れますが、ついさっき悪党を射殺してきたばかりのアンドリュー君がそんなものにたじろぐわけもなく。手にした銃をちらつかせれば相手はさっさと退散します。無事現代に舞い戻ってきたら世界はどうなるの?なにも変わってないようですよ??おかしくね、なんかおかしくね???

「いやいやこれは『パラレル・ワールド』といって…」

流石ですねウェルズ氏、SFの始祖の巧みな弁舌によってほんの二日前は真剣に自殺を図っていたアンドリュー君もいまやすっきり爽快生まれ変わった気分。過去で分岐した多重世界のどこかには、きっとメアリー嬢と幸せな「現在」を過ごしている自分がいるのでしょう。こっちもクヨクヨしてられないな、心を入れ替え真っ正直に生きよう!やあ、めでたしめでたし。

「そーいえばやっぱり時の番人っているみたいですよ」「マジデ!?」


ここまでが第一章。うってかわって第二章では上流階級の子女でヒマを持て余した超美人のクレア・ハガティさんが主役となります。いまの時代ってちょーヒマ。すっげえ退屈。なんだか世の中いろいろぶっ壊してぇーとか超美人のくせにそんなことばっかり考えてます。するとそこへお友達のルーシーさんが

「未来に時間旅行ですって!」

などとマリー時間旅行社のパンフ持ってくるわけですよ。第二部は未来編なのですよ。ルーシーさんはちょいとした火遊び程度のお気楽さで薦めてくるのですがそこでクレアさん考えた。いっそそのまま未来世界に逃亡してしまえ。現代には飽き飽きしたから未来に生きよう。秘めた目的を抱えつつ時間旅行社を訪れる二人。第二回目のツアーとなる今回の時間旅行には、例のチャールズ君も偶然参加してました。時系列的には第一部より少し前、そもそもこの時のツアーに参加していたからタイムトラベルの話を振ってきたんですな彼は。妙に疑り深い観客の一人を小粋なジョークで煙に巻いたり、クレアさんの印象にもばっちり残ります。さて時間旅行社が唯一旅することの出来る西暦2000年の未来は人類と自動人形(オートマタ)のふたつの軍勢が最終戦争真っ盛り、人類軍を率いるシャクルトン将軍とオートマタの王ソロモンがまさに対決するその瞬間を、その瞬間だけを見物できるのです。

「今日って2回目のツアーだよね」「ですよ」「1回目に来た連中はどこ?」「あっちのほうに隠れてます」「友達がいるはずだから一言ご挨さ」「殺すぞ」

流石にそこまで物騒に断ったわけではないですが、タイムパラドックスを引き起こしそうなツアー客の言動は添乗員に止められます。不平をもらす客Aを巧みに宥めるチャールズ君はやっぱり出来る子ですねえ。ちなみに客Aってのはさっきの疑り深い客のことで、自動ピアノ製造業者してます。うわー、オートマタっぽーい。

そんなこんなでお客さんの目の前で、一対一の対決です。絵に描いたようにヒロイックなシャクルトンとブリキ人形みたいなソロモンのチャンバラはとんだ三文芝居ですがそこは娯楽の少ないビクトリア時代ですからみなさん大いに盛り上がり、盛り上がったままささお帰りはこちらで今だッ!!とばかりに行列を抜け出したクレアさん、シャクルトンのもとに走ります。そして首尾よくガレキの陰で立ちションしてたシャクルトンとばったり!言い忘れてましたが戦闘時は兜に隠れて見えなかった素顔をさらして、ついでにそっちのほうもポロリで(/.\*)イヤン とかやってるうちに添乗員につかまってプンスカお説教、でも言いたいことだけちゃんと言う

「大好きッ!!ッツツツツ!!!!!」

クレアさんはそのままズルズル連れ去られ、うっかり愛用のパラソルを西暦2000年の未来に置き忘れたことにも気付かないのでした。でも未来の世界でシャクルトン切り裂きジャックの囃し歌をソラで歌ってたことはちゃんと覚えてる。名曲は歴史に残りますねってヲイ。


さてすんげー美人にち○ぽこ見られながら愛の告白をされるとゆー稀有な体験をした三文役者のトム・ブラント君、楽屋に戻って皆が人類軍なりブリキロボットなりの衣装脱いでる中で気もそぞろってえっ、未来?西暦2000年??やだなー、

そんなの全部インチキに決まってんジャン!

アフリカwww魔術wwwwwで未来になんて行けるわけねーですがな。でも上流階級向けに宣伝しまくってるこのお芝居がインチキだって知られたらヤクザな興業主が殺しにかかってくるっぽいので客に素顔見られたとかうっかり客が忘れたパラソルをそのまま持って来ちゃったなんてとても言い出せません。着替えもそこそこに秘密の通路から19世紀現代のロンドンの雑踏へと消えていきます。

…こちらもうっかり「未来世界」の衣装である(見物していたお客様にも大好評の)お洒落なブーツを履いたまま。



ここまでが上巻の内容。話が二転三転するのであらすじ書いちゃったよ。ちなみにセリフは全くの不正確、引用でもなんでもないので念のため。時間旅行なんてなかったと、そんな展開なのでした。じゃあ第一部のはなんなんだよって

そんなの全部インチキに決まってんジャン!

何言ってんですかいまさら。チャールズ君もお金持ちのボンボンなんですよ?マリー社長もウェルズ氏も全部グルで、屋根裏にあった自称タイムマシンは「あーありゃニコラ・テスラってやつが昔な」すごいぞウェルズ氏。切り裂きジャックもメアリーさんも金で雇われた俳優ですから〜、残念!そんでもちろん弾丸はアンドリュー君からピストル取り上げた隙に全部空包と変えてましたよ (。・ ω<)ゞテヘペロ。おかげで彼も元気になったし皆幸せでめでたしめでたし、チャールズ君はやっぱり出来る子。もちろん「時の番人」も仕込みですよねー。「いやあれはウェルズさんが」「わたしゃ知らんよ」「えっ」「えっ」


と、ゆーふーにこの先どうなるか全然わからん。一般小説のフリをしたSFなのか、一般小説のフリをしたSFのフリをした一般小説なのかさてどっちだ。上下間と分冊になった理由はやたらと脱線して本編とは無関係な挿話を入れ込んだり本編の語りにセルフツッコミしてくる語り手自身で、こいつのおかげでミョーにボリューム増してる気がする。でもどうもそれも伏線のひとつらしいし、その本編とは無関係に挿入される小話の中でもとりわけH.G.ウェルズが“エレファント・マン”ことジョゼフ・メリックに会見するパートがやたらと感動的で涙を誘います。本編と全然関係ないのに。いや、たぶん…ね……

ちなみにキャラクターリストでトップに来るのがウェルズなので、実はこっちが主人公でアンドリュー君やクレアさんのほうこそ本編には無関係なのかも知れない。とにかく油断ができない。下巻も楽しみです。