ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

荒俣宏 編纂「怪奇文学大山脈 I」

怪奇幻想文学作品を愛する方なら四の五の言わずに読むべきです、で終わらせてしまっては何の説明にもならないけれど、今の時代にここまで未読作品ばかりを集めたアンソロジーが読めるとは思わず、まこと世に驚異の種は尽きまじといったところか。本シリーズの意味合いや位置づけは版元の惹句に詳しいのでしょうけれど、宣伝に偽り無く売り言葉をそのまま買ってよいものですねあーいや図書館で借りたんですけどね(藁

ソフトカバーで読みやすいサイズながらも全ページ2段組、まえがきから作品解題に至るまでボリュームのある非常に豊かな内容で、全方位にアンテナと触手を伸ばしていそうなアラマタ先生の、実にこれは直球ストレートなお仕事を成されている印象です。そうね、版元が創元で良かったなあと思うのはこれがもし国刊だったらもうちょっと(いろいろな意味で)手に届き難い本になりそうだし、なにより装丁の中に小さく「帆掛け船」のシンボルマークが描かれていることにニヨニヨできるのが良いねえ。いつだって怪奇と幻想は未知へ向けての航海のようなものでな。

内容としては「19世紀再興篇」と副題が付されているけれど、まえがきの中に記された「一九世紀 爆発する思想」「一九世紀を中心とした恐怖の多様化と恐怖を表現する手法の進化」という今巻のテーマを挙げておけば編纂意図も明らかでしょう。太古から人に根付いた「恐怖心」や「怪奇譚」を近代文学として止揚する様々な作品が集められています。著者来歴や成立背景を解説するのはもちろんながら、初出の出版事情や刊行形態もまた重要な要素として解題される。実に濃厚なホラー・アンソロジーです。

ドイツ風のゴシックロマンスからツイオルコフスキイ(!)による宇宙旅行へのまなざしまで収録作は多岐に渡り、いまや「古典」の地位を得た作品とはいえそれぞれが生まれた時代には「先端」であったのだろうことが伺えます。時代にそっての編纂作業から、ひとの思潮の変遷を観測できることが、本叢書の一番の醍醐味なのかも知れません。

どれも確かに驚きなのだけれど強いてお気に入りを挙げるならエルクマン=シャトリアン「ふくろうの耳」か。近代科学がものごとに道筋を作っていた時代ならではの、打ち捨てられたオルタネイティブ…みたいな寂寥があってね。ロバート・W・チェンバース「使者」に「紫帝卿(パープル・エンペラー)」や「赤将軍(レッド・アドミラル)」なんて名前が説明無く出てきてなんじゃらほいと思ったら、「黄衣の王(イエロー・キング)」みたいに連作を使って概念の拡大や設定を掘り下げる遊びを、チェンバースは他にもいろいろやっていたというわけです。「黄衣の王」こそラヴクラフトとクトルゥフ神話によって広く膾炙したけれど、世の中にはまだまだ知られざる名作が、それこそ山のようにあるのだろうと思わせるアンソロジーでした。

「世に先達はあらまほしきことなり」と言われるように、この山脈に遭難せずに分け入るためには練達の翻訳者の皆様とそしてなにより荒俣宏先生によるガイドこそが大事なのでしょうねぇ…