ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

デイヴィッド・マレル「苦悩のオレンジ、狂気のブルー」

苦悩のオレンジ、狂気のブルー (柏艪舎文芸シリーズ)

苦悩のオレンジ、狂気のブルー (柏艪舎文芸シリーズ)

ここんところ全然本を読めてないんだけれど、上半期も終わりに近づいたところで大収穫!やー、面白かったぞ。うん、面白いんだホラー小説は。日本では残念ながらそれほどメジャーではない(と思われる)ベテラン作家の、実に見事な傑作集でした。著者自身の手によるそれぞれの作品の解題にあわせて、デビュー直後から執筆当時までの半生がピックアップされるという形式自体はよくあるものだけれど、ひとつひとつの虚構にどれだけ実人生が反映されていたのかがよくわかる。作者と作品は別モノだというのは今更言うまでもないことだけれど、それでもやっぱり作品は作者で、作者は作品なのだ。そこには密接な絆が、繋がりが、解けない呪いのように密接に絡み合っていて・・・

表題作は昔から好きで再読した際には感想も書いたけれど*1<ネタバレ>隕石に乗って宇宙からやってきた正体不明の生物</ネタバレ>というのは、どうもこの人の作品では異色なものらしく、掲載作品のほとんどは恐怖の種を超自然の存在ではなく、ただの人間に帰しているように思える。シリアルキラーとかサイコサスペンスともちょっと違って、ひとのポジティブさとか?なにかこう、本来なら良いはずの物事が、なぜか非常に悪い方向に向かっていくような話が多かったような。その意味ではやっぱり「苦悩のオレンジ、狂気のブルー]*2は代表作といえるのかも知れないです。このお話の怖いところは「絵を描く」という、生産的で建設的な文化的行動が、「描き続けないと死ぬ」というベクトルに置き換わることなので、前向きであることが必ずしも幸福とは限らないとか、そういうことかな。その「描き続けないと死ぬ」作品を執筆した当時、作者本人がどんな状態だったかといえば、やはり「書き続けないとと死ぬ」ような精神状態であったと知ってなにかこう、業のようなものをね、感じるわけです。

現代を生きる人間の苦悩、狂気を様々に描いて大ブームを巻き起こしたモダン・ホラーが、現在では「恋人は吸血鬼」と「隣人みなゾンビ」だけに収斂してしまったとしたら、それはちょっと悲しいなあ。ひとがなぜホラー小説を読むかといえば、悩みも苦しみも怖れも怯えも狂気でさえも、現代を普通に生きることに比べればずっとずっと救いだと、たぶんそういうことなんだろうと。

つまり、恐怖は癒しである。

*1:http://d.hatena.ne.jp/abogard/20101214

*2:別訳では「オレンジは苦悩、ブルーは狂気」のタイトルで流布している