- 作者: アンドリュー・ナゴルスキ,津守滋,津守京子
- 出版社/メーカー: 作品社
- 発売日: 2010/05/19
- メディア: 単行本
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第二次世界大戦の東部戦線、いわゆる独ソ戦の転換点はスターリングラードの戦いだと、歴史の教科書にはよく記されています*1。これが口さがない軍オタになると「スターリングラード直後にドイツ軍はハリコフ戦で勝利しているのでクルスクの戦いが転換点だ」とかになるのですが、モスクワ戦がなければスターリングラードもクルスクもあったたものではない、という点ではモスクワ戦こそが大きな転換点であったのかも知れません。そんなことを考えさせられた一冊。
ソ連崩壊後に公開された資料を基に・・・という、近年の独ソ戦本ではよくある基調のものです。大まかな流れはまあ、歴史の教科書にある通り。しかし当事者へのインタビューや掘り起こされた記録から浮かび上がるディティールは見聞を改めさせてくれるものでしょう。とりわけ「戦史」面からではあまり語られない、英米の外交官と対ソ感情の(個人レベルでの)差異が非常に興味深いところで、アメリカの武官文官の中にも親ソ派・反ソ派があったり、ルーズヴェルトは単なるお気楽な理想主義者なんではないか・・・などと思わせられるところがあったりで興味深いものです。
日本政府が親独に傾斜していった背景に大島大使の影響が強かったように、「個人」が外交・国家を動かせていた時代だったのでしょうね。ヒトラーとスターリン、稀代の独裁者二人が同時代に生まれたのは何故か、その罪はやはり時代にあるのか。
興味深いエピソードはいくつもあるのですが、そのうちのひとつを紹介しておきます。開戦直後、ドイツ側の奇襲攻撃を受けて混乱するソ連上層部の有様を赤裸々にする点景。
戦況報告の内容は、日増しにひどくなる一方だった。翌日の六月三○日、スターリンは別荘(ダーチャ)に引きこもり、クレムリンの執務室に姿を見せなかった。執務室への訪問者は、「同志スターリンはここにはいない。来る予定もない」と、にべもなく追い帰された。二日間、党政治局のメンバーはスターリンがまだ指揮をとる力を持っているのかどうか、いぶかしんでいた。とうとう政治局を代表する一行が、しびれをきらして別荘(ダーチャ)に赴いた。一行が入室すると、スターリンは「何をしに来たんだ?」と叫んだ。「スターリンはおかしな表情を浮かべ、質問自体もかなり奇妙だった」と、ミコヤンは回想する。スターリンは、彼らが自分を逮捕しに来たと思い違いをしているのではないか、という考えが、一瞬ミコヤンの脳裏をよぎった。
もしも歴史を変えられるとしたらここかな・・・と、思いましたね。強大な権力を持ち、圧制を敷く独裁者が、しばしば個人としては非常に小心者な一面を見せるのは、その権力や圧制が自分に向けられたときの怖さを知っているからなのかもしれません。独裁者にとって政治や権力とはすなわち暴力だからです。
とはいえ、どちらの側が勝利しようがロクな結果にならないというのが独ソ戦の最大の悲劇なのかも知れませんが。
ヒトラーとスターリンがなぜ同時代に産まれたのか、これについてはひとつの仮説があります。
ヒトラーとスターリン、どちらも著名な独裁者で、「独裁者の横綱」といっても良いほどです。
横綱とは東西に並び立つものです。ムッソリーニは張り出しです。
*1:いや、いまはどうだかよく知らないんだけどさ