ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

ハンス・ヘルムート・キルスト「将軍たちの夜」

 

将軍たちの夜 (角川文庫)

将軍たちの夜 (角川文庫)

 

 安彦良和が三号突撃砲B型を描いていたとは知らなかった。いやA型かもしれないけどさ、ここはB型ということでひとつ。

ナチスドイツと殺人事件を主題にした、ある意味古典的な推理小説で、結構前に映画化もされている。内容は知らなかったが戦車が出てくることで好事家には知られているように思う。

以下、ストーリーの中核に関わるネタバレがあります

 全体の構成は三部に分かれている。第一部、1942年のワルシャワで娼婦(あるいは対独協力者としての一面もある)が殺害され、目撃者の証言から容疑者がドイツの将官の軍服を着用していたことが明らかとなる。ズボンに赤い帯があるのが当時の将官制服の特徴で、これが現代のミステリーだったら服装だけで容疑者を絞るなんて見え透いたブラフだけれど、戦時下の体制で将官の軍服を着用できるのは将官だけなのでその点は安心だ(笑)。で、当時ワルシャワにいた将軍の中から容疑者はスムーズに3名の人物に絞られる。

1人めは初老の軍団長で部下から慕われる善良な、しかしどこか弱さも感じられるガープラー大将。2人目は軍団司令部の主任(ってなんだろう)である賢明で狡猾なカーレンベルゲ少将。3人目は特別師団『ニーベルンゲン』師団長、ナチスのエリート像を具現化したように勤勉で優秀で冷徹な軍人であるタンツ中将。これでもう犯人が解かる(笑)

あまりに露骨なんでこれまたブラフかと思いきや、真相解明の前に事件解決にあたる防諜部のグラウ少佐は圧力を受けて左遷され、第二部の舞台は1944年のパリになる。ここでちょっと驚いたのはあっさりとタンツ中将が犯人であることが(物語的に)明らかとなり、その罪を押し付けられそうになった従兵ハルトマンは脱走を図るのだけれど、なにしろ1944年の7月20日のパリなので、世の中はそれどころではない(笑)

第三部、冷戦初期の1956年ベルリンでようやく事件の関係者は三度同じ空間に集い、そして…という流れ。本文中に幾度となく尋問や証言の記録が挿入され、それらが十数年後に当時を回想するという形式なので、証言している人物は生きのびるのだなと(読者に)解からせ、では証言していない人物はどうなるのだ?という疑問を(読者に)抱かせる。そういう語りはユニークでした。ちょっと読みづらい面もあるけれどね。主人公というか狂言回しになるハルトマンがあまり良い人間に見えないし状況に流されっぱなしで、むしろ事件の解明にはパリ警察であるとかワルシャワ警察であるとか、戦時体制のドイツ占領下でも真面目に刑事警察活動をしている人々のちからがあるというのが眼目なのだろうか。おそらく著者も謎解きや事件にはあまり重きを置いていなくて、主題となるのは巻末近くで語られる「将軍とはなんぞや」みたいなことが、実際に第二次世界大戦に従軍した経歴を持つ作家として重要なことなのでしょう。冷戦時代に著わされた作品として、最後の一行はなかなか含蓄に富んだものではあります。

 

で、安彦良和のカバー画なんだけど3人の将軍と兵卒を、本文の描写・イメージに沿って描いているので、誰が誰だかすぐに読んでる側に溶け込みます。読書しながら情景が頭に浮かぶタイプの読み手には豊かにイメージを喚起されることでしょう。

 

でもね

 

三突出てこないじゃん!!!!!!!!!!!!!!!!!

B型!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!