「ドラキュラ紀元」シリーズのキム・ニューマンによるホームズ・パスティーシュ連作集。タイトル通りモリアーティを主役に据え、同じ下宿先(ハリファクス夫人なる人物によって運営される売春宿)に同居するセバスチャン・モラン大佐の手による回想録という形をとる。各話の章題はホームズ正典のパロディになってはいるが、実際のホームズ事件の裏でモリアーティが暗躍というよりは、同時代19世紀イギリスの別の作品(H.G.ウェルズなど)を絡めてミステリー仕立てにしたような内容か。*1。
例に依ってのニューマン節で、当時のあるいは当時を舞台にした様々な作品のキャラクターや言い回し、文章自体のパロディなどが溢れかえり、脚注と訳注には事欠かない。幸いそれぞれ章末にまとめられているので長編のものよりは読みやすいか。とはいえキム・ニューマンってこんな人ですというのを知らないと、面食らうかも知れません。キム・ニューマンってこんな人です。
他作品からの引用というか流用も、当初は抑え気味だった様子な物が章を重ねるごとにどんどん増えて行って、最終章ではほぼ爆裂するのがなんか楽しい。もともと単発で書いた作品が連作化・結末へと向けてタガが外れていく過程を眺めるかのようです。聞いた名前・知ったキャラも多いし無論よく知らないのも出てくるけれど、登場人物一覧にトマス・カーナツキ*2が並んでいたのは嬉しかったですねえ。で、このカーナッキが実は偽物で、本人の知見を得ていたモランが「本物のカーナッキならば…はずだ」みたいに看破するところが最高に楽しい。一番のツボ。そういえば「ライヘンバッハの奇跡」にもモリアーティ出てきてたなあ…*3。
近年のBBCのドラマ以来シャーロック・ホームズのパスティーシュというのは世に溢れているけれど、やべーオッサン二人組の犯罪バディ小説というのも、秋の夜長に宜しいんじゃありませんこと?幸い「善人が酷い目に遭う」ような結末を迎えるものは、ありませんので。
そいえば特に訳注なかったけど「アーバスノット大佐」ってクリスティだよね。時代がズレるから敢えて流したのかな?「セヴン・ダイヤルズ」は、この場合は単に地名(町名)なんだが。
*1:巻末に来る「最後の冒険の事件」だけは「最後の事件」と密接に関連する