ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

ジョー・ヒル「怪奇日和」

 

怪奇日和 (ハーパーBOOKS)

怪奇日和 (ハーパーBOOKS)

  • 作者:ジョー ヒル
  • 出版社/メーカー: ハーパーコリンズ・ ジャパン
  • 発売日: 2019/09/17
  • メディア: 文庫
 

 「20世紀の幽霊たち*1で大絶賛されたジョー・ヒルを久しぶりに。その後もいくつか作品は出ていたけれど、その時ほど称賛の声を聞かなかったことも確かなので(もしや失速したのでは…)などと思っていたけれど、そんなことは全くの杞憂でした。むしろ全速力でした。

以前はこの人の血筋というのをあまり気にせず読んだのだけれど、今回はハッキリとスティーブン・キングの息子なんだなと見て取れる。父親が敷いたアメリカのモダン・ホラーという伝統を強固に受け継ぎ、現代の視点と問題意識をもってそれを拡大発展させる稀有な存在であろうと認識するに至りました。「今のモダンホラーは全部ゾンビアポカリプスとヴァンパイアラヴに収斂した」なんて抜かす輩を特大の活字で殴り倒す、そんなような一冊です。原題を「STRANGE WEATHER」といって中編小説(ノヴェラ)四本を収めたボリュームのあるものなんだけど、これも多分にスティーブン・キングの「恐怖の四季」を受け継ぐもので*2

伝統、伝統だなぁ…それは決してキングだけでなく、アメリカの社会、アメリカの文化に根付いた「怖い話」の伝統でしょう。

「スナップショット」はひとの記憶を抜き取る謎のポラロイドカメラを持つ怪人物(ブギーマン)のお話で、これを少年の目で描くというのは実に伝統的である。しかしながらこのお話の主要なテーマはその先に、老人介護問題として立ち上がってくる。その視点は実に今日的なものだと思います。

 

「雲の島」はスカイダイビング中に雲(のようなもの)に囚われ閉じ込められる恐怖を描いたもので、この「一見すると開放された場の中に封じられて出られない」というのもアメリカの怪奇小説によく見られるものです。小説じゃないけどキングが関わってたホラー映画「クリープショー2」には「殺人いかだ」というのがあったし、ラヴクラフトにも「エリックスの迷路」というのがある*3。ついでに言うとブラックウッドの「柳」までさかのぼれるテーマなので、これはアメリカにとどまらず広く怪奇小説の伝統に則った作品といえるでしょう。登場人物の性格付けや囚われてからの行動は如何にも現代アメリカのナード青年丸出しで、そこはオモロイw

 

「棘の雨」は巻末解説で東雅夫氏イチオシの作品。災厄に見舞われた世界を歩くロードノベル風味なのだけれど、そこで語られるのは現代のアメリカが抱えている分断、保守とリベラルの対立やLGBTの人々に対するまなざし、今も昔も変わらない破滅思想カルトや、同じくあり続ける古き良きアメリカ社会や、まあとにかくそういったもののごった煮です。タイトルにあるように空から棘が雨のように降ってくる、気候変動が人を襲うというのは先日読んだピーター・ワッツの「巨星」*4にもひとつあって、これは今後流行るのかもしれませんね。気候変動によって起きる災厄を「テロリズム」としか受け止められないのは現代アメリカの病だな…なんて思って読んでいたらホントにテロリズムに収束したのは、それはどうかと、やや(笑)

作者本人があとがきで述べているように2016年のドナルド・トランプ大統領当選の影響を色濃く受けている作品なので、ひとによってはやや鼻白むところがあるかも知れません。しかしリベラルの視点というのも父親譲りではあり。

 

収録順では2番目なんですが、「こめられた銃弾」が本書でもっともボリュームのある作品で、自分はこれに一番感銘を受けました。やはり現代アメリカの保守とリベラル、人種や宗教観の対立をベースに「アメリカの銃社会」を描いたもので、まるで社会派の主流文学作品のよう。様々な人々の生活の在り様を「銃」をキーワードに描きながら、それがやがてショッピングモールでの銃撃事件でひとつにまとまり、さらにその先に真実を求めて…という、黒人女性の新聞記者といわゆる貧困白人男性(イラク戦争帰還兵)の対決的な視点で描かれる、「現代アメリカの病」をド直球に描く内容。こういった作品も出来るのかいやあ芸風の広い人だな、しかし面白いけどこれ「怪奇小説」なのかしらん?なんて割と不思議に読み進んでいくと…

 

やられました。

 

最後の1行、最後の台詞で見事に「怪奇小説」それもアメリカの、極めて伝統的な「怖い話」に落着する。保守もリベラルも関係ない、怪奇小説の主題は読者を如何に怖がらせるかなのだという、まさに直球のホラーでありました。主流小説のように見えたのは、そっちのほうがフリだったという鮮やかなワザマエで、スティーブン・キングもこういうのはやってこなかったんじゃないだろか。おそるべしジョー・ヒル、おそるるべきはその作品。

 

それで本書には原書刊行時に載っていたイラストがそのまま収録されています。まことに結構なことでハーパーBooksの文庫本は初めて手に取ったんだけど、ここも要注意なところかもしれないなあ。

*1:http://abogard.hatenadiary.jp/entry/20090530/1243693570

*2:日本では分冊で刊行されたけど「スタンド・バイ・ミー」と「ゴールデン・ボーイ」のあれ

*3:クトゥルフ神話作品ではなく火星SF(!)なのでえらくマイナーであるが

*4:http://abogard.hatenadiary.jp/entry/2020/02/07/215605