ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

G.G.バイロン、J.W.ポリドリほか「吸血鬼ラスヴァン」

「ドラキュラ以前の吸血鬼小説」をテーマに古典ホラーを集めたアンソロジー。本邦初訳の作品も多く資料的価値も高い。吸血鬼というのは近代になって(それこそ、著名なドラキュラで)キャラクター化された存在だけれど、そのルーツはもっと古来からの民俗伝承に遡ることが出来る(あくまで、ルーツは)。面白いのはポリドリの「吸血鬼ラスヴァン」が初めて雑誌掲載されたときに「序文」として東欧その他の吸血鬼伝承が記され、あまつさえ「ハンガリーのマドレーガで起きた事件」なるものが実際の出来事として紹介され吸血鬼という怪異に実感を与えるのみならず、それがどういう存在でどんな禍いを成し、それに対して人々がどう対応するか…という、「吸血鬼のプロトコル」を提示する働きを持っている…と。序文自体は編集部が付したものだそうだけど、思うに近代吸血鬼像というのはここで産まれたのでしょうね。

イギリス作家による作品が多いからか、ヨーロッパ古来の存在と近代(執筆当時は現代)イギリス人が対比あるいは相克されるような話が多い印象を受け、とりわけ興味深いものはイライザ・リン・リントン「カバネル夫人の末裔」で、これはフランスの片田舎に嫁いできたイギリスの若い女性が、周囲の嫉妬と無理解から吸血鬼だと誤解されて住民にリンチされ殺される話だったりする。また吸血鬼というのは大抵男女あるいは同性間での性愛と異様に相性が良いので、そういう話も多いです。唯一20世紀初頭且つアメリカ作家による作品であるジョージ・シルヴェスターヴィエレック「魔王の館」はホモセクシャルを想起させる男性同士の吸血鬼譚だけれど、本作に登場する吸血鬼レジナルド・クラークは人間の血ではなく才能を吸い取って我が物にするタイプで、これもかなりユニークな作品でした。ウイリアム・ギルバート「ガードナル最後の領主」は南スイスの暴虐な領主が、自らの横暴で死なせた娘に復讐を受ける話なのだけれど、占星術師インノミナートというキャラ(前書きではある種の心霊探偵と紹介されている)が主役の連作シリーズで、村人から相談を受けたインノミナートが死者を吸血鬼に蘇らせて領主の元に送りつけるような展開をする、ちょっとゴーストハンター的なノリの作品。収録されているのは古い作品ばかりだけれど、現代の様々なパターンのオカルト・ホラー小説に通じる流れを感じさせる良品ぞろいと思います。

吸血鬼物が「ブーム」として世に広がる様は帝国主義(!)になぞらえて本書の序文で語られるのだけれど、やはり吸血鬼像というのを確立したのはドラキュラの、しかも映画の方なんだろうなあとは、思うところで。