ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

「少年と犬」見てきました。

公式。原作はハーラン・エリスン世界の中心で愛を叫んだけもの」の末尾を飾る傑作で、表題作よりこっちが好きという人も多いと思われる。

 

1975年に映画になってたんですねえ。日本未公開だったんだとかで全然知らんかった。マイアミバイスで有名なドン・ジョンソンがまだ20代の頃の作品で、ストーリーは概ね原作に忠実です。核戦争後の世界、少年と彼の犬、地下世界から来た少女、愛、そして食べ物。ただ、

 

恐ろしく低予算なので

 

なんていうかカルトムービー臭さが全編に色濃く。原作では廃墟の都市に巣食う不良少年の群れと孤独のソロの対比でしたが、映画ではほぼほぼ砂漠で金の無いマッドマックス(マッドマックス以前の作品なんですが)みたいなことになっています。地底都市トピーカもただ片田舎の街を夜間撮影しただけなので、地底なのに普通に芝生はあるし木々は緑に生い茂っている。

 

そこがよいのだ( ˘ω˘ )

 

また、<スクリーマー>という怪物が出てくるんですが、出てこないんです。出てくるのに出てこない、何を言ってるんだかわからねーと思うが別に間違ったことは言っていない。斯様にストーリーのあらすじは原作同様でも、そこで描写される映像の細部はだいぶ異なります。ただ、原作でも執拗に記述されてるクィラ・ジェーンがマッパから下着を身に着けていくシーンは原作同様執拗に映像化されています。マッパからです。

後半、クィラの後を追ってヴィックがトピーカに潜入するシーンでは、砂漠に唐突に立ってるハリボテみたいな入り口から、どこかの工場とか発電所とか、なんかそんな感じの既存の日常的メカメカしい空間を未来イメージで使ってます。いかにもカネの無い特撮みたいです。本邦で言うところのウルトラセブンとか思い起こさせます。

 

たまらぬ( ˘ω˘ )

 

トピーカ内部の様子は原作とはちょっと違っていて、「委員会」なる存在が寡頭制の専制政治を行ってます。ぶっちゃけ共産主義的ですが、そこで強制される文化的価値観がいわゆる「旧き良きアメリカ」みたいなクソもとい保守思想なところは原作というかハーラン・エリスンの持ち味を活かしてんなあと。男も女も全員白塗りでほっぺに赤丸という謎メイクなのは「続・猿の惑星」の地底ミュータントを思い出したり。こっちはまるでカネが掛かってませんがそこがよいのだ(´・ω・`)

そういう強権の蔓延る街で、実はクィラが下克上的反体制思考の持ち主に、これは原作から明確に改変されています。ちょっと「嫌な女」にされてるんですね。原作では精々が家父長制「お父さん保守思想」に反発して跳ねっかえりしたあげく不幸にまっしぐらという「可愛そうな女の子」だったんですが、この改変は多分あの衝撃的なラスト、「女の子が食い物にされる(性的ではない)」のショックをやわらげるためのもんかなと、そこは察せられますね。ヘイトコントロールというやつだろうなあ。それで、原作ではヴィックの独白がバシッと決まるラストだったものが、映画ではヴィックと彼の愛犬ブラッドとの掛け合いに変わってました。これは小説という活字で見せるものと、映画という音と動きの映像で見せるものの違いがあって面白いんだけど、ハーラン・エリスンは嫌ってたんだってさ(´・ω・`)

 

あと面白かったのは、トピーカにいたニコニコ田舎農夫風やっぱり白塗りほっぺに赤丸おじさんが、やたら頑強で素手で白塗りニコニコのまま人を絞め殺し、バンバカ鉄砲で撃っても全然死なずに追いかけてきてそれでもバンバカ撃ってたら急に火を吹いて爆発してロボットだったんだ…という泣けてくるほどの低予算ぶりと、

若きドン・ジョンソンがベッドに四肢を縛り付けられて下半身に謎の器具を装着され、謎の白い液体を搾り取られるという搾精病棟みたいなシーンがその、淑女の皆様方向きかなと。

 

それとエンディング最高。歌はリリンの生んだ最高の文明( ˘ω˘ )