ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

エドガー・ライス・バローズ「[新版]火星のプリンセス」

なんとなく手に取ってみる。子どもの頃ジュブナイル版は読んでいたがほとんど記憶はない(かろうじて八本脚の火星馬が「ソート」という名前だったことは憶えている)。東京創元社からは旧版オリジナル全11冊を4冊にまとめた合本版というのも出ているけれど、こちらは2012年の映画化に合わせて刊行された新訳版。なお有名な武部本一郎画伯によるイラストを所望される方は合本版を読むべき。

ほとんど記憶はない。とはいえ、南軍騎兵大尉ジョン・カーターが火星に転生というか転移してそこで大活躍する異世界転生モノの原点(別に原点ではないのだが)であるとか、火星には善悪2つの種族があって当初主人公は悪の側に囚われ…みたいな概要は覚えているというか知っている。知っていた。

いざ読んでみるとこれが面白い。さすがに古い(原著は1912年刊行だ)だけにインディアンの描写にはやや辟易するところもあるけれど、まずこれ南北戦争終了後の話なのね。ジョン・カーターというのは敗北した南部連合の男なんだ。そういう人物が採掘でひと山当てようとしてインディアンの襲撃を受け、洞窟に逃げ込んで気がついたら魂は火星に新たな肉体を得、そこから始まる冒険活劇。重力の弱い火星では地球人はスーパーパワーを持つという基本設定はドラえもんの名作「のび太の宇宙開拓史」を嫌でも思い出させるもので、日本のいろんなSF・ファンタジーに影響を与えたんだなあといろいろ感じ入る。

で、当初ジョン・カーターは身長4メートル、腕4本で口には牙が生えそろってる「緑色人」の捕虜となり、武門一辺倒な彼らの間で、捕虜であると同時に実力を認められて族長(トップではなく、ひとつの部隊の長的ポジション)の地位を得る。そこで奇妙な共同生活を送りながら解説される緑色人の文化や精神性について、結構なボリュームが費やされていて、そこがかなり面白かった。ジャック・ヴァンス的異郷小説というかそれも変か。むしろこれ冒頭でちょっとだけ出てくるインディアンのパロディというかメタファーというか、「異なる民族の中にひとり『アメリカ人の男』が放り込まれ、そこで奇妙な共同生活を送るうちにいつのまにか友情や愛が生まれる」パターンの話というのはアメリカの(小説に限らず)物語によく見るタイプのアーキテクトなんだろうなという感慨を得る。古くは「アーサー王宮殿のコネチカット・ヤンキー」だし、最近では「『アバター』は結局のところ『ダンス・ウィズ・ウルブス』だ」なんて言われたり「ラスト・サムライ」もたぶんそれか。そういうのってある種のアメリカ人には好まれるのだろうなあと、思いました。

そこで同じく虜囚として出会う絶世の美女、デジャー・ソリス王女は人間そっくりで肌の赤い「赤色人」ってやっぱインディアンぽさを感じるよなあ。まあともかく赤色人というのは装飾具以外は全裸で暮らしてるらしいのだが(あと卵を生むのだが)、ぞっこんラブなカーター君はいざ逃避行を始めるわけです。

後半の展開はやや駆け足、キャラクター的にも赤色人よりは緑色人のほうに面白い人物が多く、また赤色人すべて善玉というわけでもなく、漠然と思っていたよりは深いところで楽しめたように思う。愛のためなら一国まるごと皆殺しも辞さないカーター君すごい。

 

そうそう、これのジュブナイル版読んだ時期って「カーターと言えばアメリカの大統領でしょ?」ぐらいの時代だったな。「火星の大統領カーター」ってあったよなってそれ栗本薫のパロディだったのか。

 

あとがき読んで知ったんだけど、原書が翻訳されて日本に紹介されたのって、本国アメリカでリバイバルとして再評価された時期だったのね。そのあたり「キャプテン・フューチャー」シリーズに通じるところもありそう。