「ポストコロナのSF」「2084年のSF」につづくアンソロジー第3巻。テーマはAI。
刊行からしばらく手を出していなかったのは、「2084年のSF」の時ほど丁寧に読めないだろうなと危惧していたのと、やっぱりボリュームのあるアンソロジーって合う・合わないの差が激しいだろうなというそっちの危惧もあったりで。実際読んだらどちらもその通りだったのだけれど、印象に残った作品についてブルースカイにメモっていた感想を転載。
・柞刈湯葉「Forget me, bot」
今風の「言壺」だなーと強烈に思う。神林長平がワープロの登場で日本語が変化する様をSFにしたように、チャットAIの登場で情報が変化する様を、VTuberと炎上(の火消し)でSFにしている。こういうテーマを会話文だけで進めていく巧さと、一体何が真実だったのかを最後の最後でひっくり返していくキレの良さ。
・人間六度「AIになったさやか」
死後の人間を複製したようなAIはまるで幽霊のようだ、というのはゼーガペインでもやってたなあと。いま実際にそういう技術は(例えどれほど胡散臭い物であっても)実用化されつつあるし、こういうテーマは書き継がれるかもしれませんね。でもなんで主人公くんはこんなにモテモテなの?お話だからなの??
・品田遊「ゴッド・ブレス・ユー」
こちらも死者の人格をAIで蘇らせるタイプの話で、しかしこちらは実体をもつドールの中に宿らせるピグマリオン的なストーリー。ラストはなかなか衝撃的で、ある意味ではこの先も「呪われたまま」主人公は生きていくのだろうなあと思われる。しかし12年間アレしていてよく金があったなあとか思っちゃうのは……
・安野貴博「シークレット・プロンプト」
都知事選に立候補した人だ。「短い頁数の中で展開が二転三転する」と前書きにもある通り、なかなかストーリーをかいつまんで述べるのが難しいんだけれど「2084年のSF」にあってもいいようなAIによる監視社会が舞台で、そこでモラルを規定されながらも自らの性的嗜好を隠して生きる中学生(たち)を主人公に据えたストーリー。連続誘拐事件の中に隠された真実と、真実を知ってなお社会の中で戦い抜くことを選ぶ結末は、ちょっといいな。秘密の呪文「ウィーウェレ・ミーリターレ・エスト」は、かなりいいな。そんでこれ、出典はセネカなのね。『倫理書簡集』かー。
・津久井五月「友愛決定境界(フラターナル・ディシジョン・バウンダリ)」
不法移民等で治安の悪化した近未来の日本(東京近郊)を舞台に、武装警備会社の1チームで戦闘補助ゴーグルが示すIFF(敵味方識別)の結果と内心に生じる謎のギャップがテーマ。犯罪の現場でAIは確かに目標を敵と表示しているのに、なぜか当人は親近感を感じてトリガーを引けない。割とあっさりネタは割れて、戦闘補助ゴーグルのAIが行う睡眠学習プログラムにバグが仕込まれ、人間の感情が操作されていたと判明する。チーム内の友情も団結もAIによって植え付けられていたものだと知ったメンバーは犯罪現場となった街を再訪し、そこで移民たちと同じ食事をとる。
これもうちょっと書き込んだら面白い話になりそうなのに、そこで終わりなの?というちょっと残念感がある。とはいえAIよりは移民との共生の方がテーマとしては重くなりそうで、あんまりそこに踏み込んでも仕方ないのか。
・野崎まど「智慧練糸」
こ れ は 酷 い (褒めています)
仏師をテーマにした話があるとは聞いていて、なるほどこれか。三十三間堂に仏像を奉納する話のどこにAI要素が…と思ったら、急に画像生成AI大喜利が始まってそのまま突っ走って行ってしまった。これで楽しめるのも「いま・ここ」の現在なんだろうなあ。10年20年後にはどう評価されるんだろうこれ?
・松崎有理「人類はシンギュラリティをいかに迎えるべきか」
AIによるシンギュラリティを防ぐために、人類の方を阿呆にします。という豪快な解決。しかし阿呆になった人類も長い長い時間の果てでシンギュラリティを迎え、そして再びAIによるシンギュラリティを防ぐために、再び人類を阿呆に…
なんか手塚治虫というか「火の鳥」みたいな無限ループを感じる。阿呆エンジンだ。
・菅浩江「覚悟の一句」
ロボットはヒトの映し絵である。ということをSFはずっと昔からやっていて、AIもまたひとの写し絵だ。会話劇、対話形式によって描き出されていく「AIらしさ」は実は「人間らしさ」を演繹というかいや外挿かな?するものであって、そこに森鷗外作品を挿入することで俄然話は緊迫感を増す。最後に明かされる鮮やかな真実には、目を見張るものがありました。
・竹田人造「月下組討仏師」
仏師ネタ2本目。打って変わってこちらはストレートなBL(ブッシラブ)。あらゆるものに仏性AIが組み込まれた世界観には「天駆せよ法勝寺」を思い出したり、仏像が兵器として運用されている様は「ブラックロッド」シリーズの重機動大仏を想起する。とはいえこの話のキモはそういうところではなく、「不在の仏性」を問うところにあるのかな。なぜ仏像とAIなのか、なんとなく見えてくるものはあります。
・十三不塔「チェインギャング」
リンちゃんかわいい^^
だけではなくて、「伝奇小説みたいな未来世界」は何か魅力的だ。モノがヒトを支配する世界というのもいい(漢字が出ないので固有名称が書けないが)。これもっと膨らませて長編が読みたいな。そしていろんなモノに支配されてコロコロ口調が変わるリンちゃんがたいへんかわ楽しいので、アニメ化の際には「今林原」こと種崎敦美さんでお願いします。
・野尻抱介「セルたんクライシス」
つまり、こういうことなんだよな。ひとがAIに支配されるとして、それがディストピアとは限らない。だから、ヒトの傍らに在ってヒトではないものに知性を与えようとするなら、それが仏像であることはむしろ当然なのかもしれない。別に本作には一切仏像出てこないけど(笑)
ヴァチカンがAIの倫理規制を訴えているというのは、放置していればいずれ「AIイエス・キリスト」始めるヤツが出るからなんだろうなあってね。
・飛浩隆「作麼生の鑿(そもさんののみ)」
仏師もの3本目。本作ではAIが仏師となりて大樹から仏を削り出そうと…しない。ヒトとAIの対話による何か。なんだけれどそれがなにかは正直読解できなかった。
・円城塔「土人形と動死体 If You were Golem, I must be a Zombie」
異世界ファンタジーだ!最後にこれを持ってくるのは編集の技か。これはかなり面白かったんだけど、たぶん「表層しか見えてない」気がする。なんにせよAIをテーマにしたSF小説を書けといわれて異世界ファンタジーを出してくる、それだけでも十分面白い。
巻末に置かれたエッセイ、鳥海不二夫「この文章はAIが書いたものではありません」にて「強いAI」「弱いAI」という概念を知る。機械学習を人工知能と呼んでいいのかは、前からずっとモヤモヤしているんだよなー。
全体的に前巻よりは中堅・ベテラン勢の割合が多かったように思う。それと作品が面白かったかどうかはまた別なんだけど、リアリティラインの取り方とか社会性とか、難しい要素も多いのでしょうね。