ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

H・P・ラヴクラフト「チャールズ・デクスター・ウォード事件」

南條竹則新訳版「クトゥルー神話傑作選」第4巻。既読はこちら。

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今回は神話以外の作品も収録ということで「棲み潜む恐怖」と「レッド・フックの怪」も収録。とはいえ「棲み潜む恐怖」はロバート・ブロックがとあるシーンを「アーカム計画」でだいぶ印象的に流用しているので(というか「アーカム計画」を先に読んだので)あんまり「神話以外」という気がしない。線引きすることにどこまで意味があるかはともかく。

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「レッド・フックの怪」は常に人種差別・偏見の問題とセットで語られるもので、セットで語られるものだからこそ、作品が書かれた当時の時代背景や社会慣習を尊重して原典を原典のまま翻訳し今に伝えることが大事なのだなと思わされます。「クルド人」とか普通に出てくるので。

「壁の中の鼠」は、これ日本で初めて翻訳されたHPL作品なんだけれど神話要素は薄めで、そういう作品の方がとっつきやすいというのはあるんでしょうね。呪われた一族の末裔が喪われていた自分自身のアイデンティティを再発見した結果発狂して破滅する、ある種の型みたいな一本だけど、この歳になって読み返すと主人公のデラポーアが既に第一次世界大戦で息子を亡くした「末代」なんだというのが妙に重く感じるとともに、10代の頃に初読した「インスマウスの影」(たしかこのタイトルだった)に感じた「狂気の解放感」と同じぐらいに、本作の「狂気の閉塞感」が重いなあって。

表題作「チャールズ・デクスター・ウォード事件」はHPL長編作品の中でも最も完成度が高いと言われるもので、この話のエッセンスを抜き出し短編化したような位置にあるのが「戸口にいたもの」なんでしょうね。途中でジョセフ・カーウィンの過去の行状に割いたパートが随分長いんだけれど、考えてみるとこういうスタイルというかプロットはコナン・ドイルの長編(「恐怖の谷」など)にも見られるもので当時一般的だったりするんだろうか?それと本作のひとつ大きなポイントはヨーロッパから送られてくる手紙の「文体が古い」ことで、本文との違いをどう著すかは翻訳者冥利に尽きるんだろうなあ。いや、むかし「定本ラヴクラフト全集」に収録されてた「狂人狂騒曲」が、だいぶクセのある翻訳だった*1なーと思い出して。

「彼方より」は訳者も巻末解説で書いてますが、箸休めみたいなものです(笑)

 

*1:邦題含めて平井呈一オマージュみたいなところがあるらしい