ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

九頭見灯火・編「ペンギンSFアンソロジー」(下)

「ペンギンSFアンソロジー」全作感想、下巻パートです。書影ではわからないんですが本書の背は上巻が白、下巻が黒のペンギン色でカバーイラストとセットで見ると「ペンギン太極図」のようでもある。「いまの創元の怪奇幻想とむかしの創元の怪奇幻想」みたいでもあるんですが(笑)

販売サイトはこちらになります。

tginkei.booth.pm

なお上巻収録作品の感想はこちらに。

 

高橋志歩「月とペンギンとチョコレート」

ひとよの夢、幻のような一品。月から降りてきた姫にはなにやら過去があるようだし、月から降りてきたペンギンは月では自由に飛べているようだし、でもそういうものは匂わせで、ただ目の前の美しい一片の絵を愛でよう。ラストで主人公と彼女がちゃんと水族館デートに行くのが良い。夢は夢であり、幸せは現世にあり。

 

秋待諷月「ペンギンの国」

むかし「世界一幸せな国」と呼ばれた国がありました。しかしその国を、たぶん今では誰もそう呼ばないんじゃないかなあ。国民ひとりひとりがカワイイに支配された幸せな国は、本当に幸せなのか?非侵略的癒し生物「ミニチュアペンギン」がひとを幸せにする社会では、不幸になる自由は与えられない。ドラマと語り、あるいは設定と物語とが交互に記述されて、二面性のある世界観が構築されていきます。そしておそらくこの先の物語は「ペンギンの星」になる。

 

惣山沙樹「ペンギンループ」

街でひろったペンギンを部屋に持ち帰ったばかりに、部屋とペンギンと兄弟は無限の3時間を繰り返すループに陥る。なぜ?どうして?例え理由は判らなくとも、このループを脱出せねばならない。奮闘努力の甲斐あってループは解消されるけれども、そもそもペンギン(ちなみにケープペンギンである)にループを引き起こす能力などあるのか?疑問は尽きない。尽きないけどかわいいからいいの。

そして思うに、この兄弟の関係性もだいぶ謎だ……

 

つるよしの「人間になったペンギンの話」

記憶と理性と本能、何が正しくて何が嘘を吐いていたのだろう?ペンギンの記憶を持ち、人間の身体を得、同じ境遇(だという)恋人(鳥)と出会い、まぐわい、そして最後に理性は全てを否定する。では本当は何が起こっていたのだろうか?答えは生まれ落ちた卵の中に眠っている……かも知れないし、まったく異なる事をたくらんでいたのかも知れない。愛は謎。

 

甘衣君彩「ペンギンコード」

「ペンギン型」に分類される人々のために作られた、孤独と隔絶を志向するSNS。でもそこはすぐに「ペンギン型」ではない人々によって踏み込まれ、荒らされ、見せ物にされてしまう。まるで実在のペンギンのように。そんなひとたちを救済するために新たなVR-SNSが開発され、今度こそ「ペンギン型」の人々は人間社会から隔絶して孤独を嗜むことが出来る、ようになる。幸せの形は人それぞれで、このラストをどう受け止めるかは読者次第かもしれない。しかし「ペンギン型」と呼ばれる人の趣味嗜好自体は、実在のペンギンとはだいぶ違っていて、そこになにかカギはありそうに思う。

 

蒼桐大紀「ほの明るい空の下で」

23世紀人類文明の宇宙開発最先端、木星の第三衛星ガニメデを舞台に、水陸両用の巡視艇で氷海を行く探索行。とはいえ最先端というよりは「最辺境」で、ぼんやりとした寂寥感も漂うもの。テラフォーミングの一環としてガニメデに放たれたクローン・サイボーグ「ガニメデペンギン」の生態も興味深いけれど、やっぱり一番の魅力は巡視艇の艇長で主人公の上司となるアルフ、高度な知性を持って生まれたガニメデペンギンのキャラクターでしょう。AIではなくヒトの感覚が持つ優位性を説き、トラブルが起きても果断に対処する。そういうキャラが実は……という結末は、やはりどこか寂寥感漂うものです。

 

七名菜々「Welcome to PENGUIN LAND!」

webで読んだときにはまったくそんなことを考えなかったけど、いま読み返してこれ「浦島太郎」なんじゃないかと思う。ペンギンを助けた恩返しに楽園に案内され、現実に立ち返るとそこに自分の居場所はない。玉手箱は無いし老人になることもないけれど、少女が人間を捨てる結末は、そういう苦さもある。初読時には「怖さ」も感じたものだけれど、ここにあるのは幻想的な意味での狂気なのかもしれない。

 

押田桧凪「合否前夜」

「ぺんぎん」についての説明を要求する、中学受験の入試問題。そこで綴られる文章を通じて、実はこの世界は既にペンギンが滅んだ後の未来(あるいはそういう世界線)であることが示される。既に存在しないものについて思いを巡らせ、推測する。「知りたい」と思う。ひとりの子どもの率直な気持ちが、明記される。

 

只鳴どれみ「愛はすべてのとおり君でした」

なんか知らんがとにかく愛だ!シュールな幕開けからツッコミのいない二人漫才のようなドタバタを経て切ないラストに辿り着くまで、疾走感のある文体がビートを刻んで流れていく。それは思春期の稚い性欲であったり、現在の鬱屈したサラリーマン生活であったりと人生の様々をクルクル回しつつ、突然日常に現れたペンギンとの奇妙なディスカッションは、初恋の人との再会と、その静謐な死別へと導いていく。そこに哀しみはあるか?絶望はあるか?否、そこにあるのは、何であれ、愛である。

 

刻露清秀「ニンゲン、大地を跳ぶ」

ペンギンによる文明が世界を作り上げている地球。そこでは他の陸生動物が「陸族館」で飼育展示されている。マッチングアプリで出会ったつまらない相手との退屈な陸族館デートで目撃したニンゲンの跳躍。野生の力。回想として語られるそれは、実はポストアポカリプスで野生回帰したペンギンによる追憶の日々。ニンゲンが大地を跳んだように、ペンギンは海を泳ぐ。野生の力は要領の良さか。そして文明が有ろうが無かろうが、非モテ非モテである。真理だ。

 

馬村ありん「ペンギンホーム」

ペンギンが家にいることによって、家庭のQOLは劇的に向上する。それは確かにそうでしょう。例え短期滞在のショートスティだとしても、そのあとには必ず影響が残る。なぜ政府がそんな活動を行っているのかは本作最大の謎でありましょうが、謎を解くより生活が向上することの方がなんというかその、大事だ。

 

化野夕陽「月の鳥」

月面都市に文明社会を築き上げた人類。そこで生まれた調整人種「ペンギン型変異人造種」は、人間に混じって生活し、その特性を活かした職業に就いて都市運営に寄与する。明らかにそこには「格差」がある。差別でも偏見でもない、それでも現に存在する格差を、ヒトとP変異種のカップルがどう埋めるか、あるいはどう是正するのか。そういう話と受け止めました。淡々と記述されているけれど、テクノロジーはそれ自体が傲慢で非倫理的であり、格差の上に社会は維持されている。しかし個々人の在り様は、それを超える、超えて行こうとする。そこにその、「負けたなぁ」って思ったんですようむうむ。

 

図科乃カズ「ペンギンは火星で眠る」

火星植民地のベッドで眠る女性のもとに現れた、一羽のペンギン。皇帝ペンギンのようでいてそうではない宇宙ペンギンの「コウテイ」は、やはりというかすべてを肯定する存在なのでしょう。狭い空間から語り始めた話は壮大な宇宙観へと翼(フリッパー)を広げて、そしてまた局所へと帰っていく。世界の在り様がどれほど驚きに満ちたものだとしても、それは肯定されるもの。だってすべては愛だもの。父の愛、母の愛、それを受けて生まれた娘が持つものも、やはり愛なのです。ラヴでもアガペーでも I でも、お好きなルビを振ってください。

 

山崎朝日「みつかいのしまへ」

ペンギンが子を愛するように、人の子を愛する。ペンギンが子を護るように、人の子を護る。一度は壊れてしまった世界で文明が再生されつつあるなかにも、争いは起こり人は死ぬ。人の子も死ぬ。ペンギンが子を助けるように人の子を、自分の子供ではない、人類の若い命の芽を救いに行ってしまった恋人を想いながら、主人公は独り、みつかいのしま南極(だろう)への航海に旅立つ。途中で挿入されるこの新世界における「聖書」の一節が、独特。

 

レニィ「ペンギン・プロジェクト」

ペンギン飼育係二人の他愛無い会話劇の背後に潜む、宇宙からの目。他愛無い会話の背後には、地球で絶滅が危惧される様々なペンギンがいるとともに、さらにその背後では遠い宇宙の惑星から各星系に"ping"を送り出した人鳥類の文明が、まさに滅亡の岐路に立っていた。否。いま夜空に輝く星々の光が遥か太古の輝きであるように、人鳥類文明の記録もまた、いま現在のものではない。既に文明は滅た後であり、ペンギン・プロジェクトは地球人の誰ひとりとして知られることなく密やかに終了する。翻って、地球のペンギンは存続できるのだろうか?そんなことを考える。

 

エンプティ・オーブン「空の果てをめざしたペンギンと竜のはなし」

これはそう、おとぎ話だ。科学文明が滅んだ後の世界でもどっこい生きてる者たちの、夢の話だ。片翼の折れたペンギンと片翼を亡くした竜との、壊れない友情と失われない目標の話だ。人や人でない様々な者たちの、技量と技術を結び付けて計画を遂行させる「結びつき」を担うのが科学文明の最後の末裔であるロボットだ、というのは何か良い。タヌキはかわいい。成層圏の先に飛び出していったペンギンと竜も、どっこい生きてるような気がする、そういうことを機械が考えるのも、よい。

 

三屋城衣智子「ペンギン、浜辺で恋を拾う。」

水中に在っては人間で、陸上を歩めばペンギンとなる。ちょっと「逆人魚姫」のようでもあるヒロイン造詣にほっこりしながら読み進めていくと、この小さな世界が閉塞し深く分断された場所であるという事実を突きつけられる。そこで芽生えた恋は「進種」にとっては奇跡的で、しかして実際には虚構の嘘でしかない。進んでいるのにどこにもたどり着けない悲しみは、あるダイナミックな方法で覆される。多分に、愛は狂気と紙一重なのかもしれない。深い分断もまた、紙一枚程度の幅でしか過ぎないのかも知れない。

 

冬寂ましろ「飛べないペンギン、空を飛ぶ!」

謎の感動。小学校の教室という極めて閉じた世界で描かれるのは、性徴に伴う自我の揺らぎに戸惑う少年の物語で、謎の転校生は確かに謎である。羽根生えてるし。横暴な男子とも陰湿な女子とも相容れない孤立した孤独な魂に潤いを与えるのは、これはやはりペンギンの仕事だ。卵を預け予言めいた言葉を残して消えた少女は、10年後確かに空を飛ぶ。ペンギンだって空を飛べるのだ。謎の感動。

 

阿下潮「あなたの声だけ聞こえない」

これまでSFの様々な形を見て来たペンギンSFアンソロジー。ここにきて目にするものは純然たる動物文学です。ペンギンの視点で語られるペンギンの物語。そこには人間の介入もサイエンスの翻りもありません。しかしながら、動物が思考し動物が行動する物語は極めて思弁的で、動物文学というのも Speculative Fiction の一環なのだなと、本作を読んで気づかされました。ヘテロセクシャルが固く結びついた社会で同性愛を志向する時に、自分自身の声は消して偽装された家族関係を構築する者。そしてそれをただ傍観する者。群れから外れているのは誰なんだろう。

 

紫陽凛「ペンギン・ボックス・パラドックス

仮想世界(バース)の中の仮想動物園にいる仮想ペンギンに起こる、現実的なトラブル。僕と相棒、二人ともにバースのアバターと現実世界のリアルとは異なる要素を持っていて、バースの「壁」を越えて侵入してくる謎のペンギンたちがバースの内でも外でも同じペンギンであることと、どこか対称的な印象を受ける。やがて姿を現す上位存在に、バースというのはつまりメタバースなのだなと、メタ的な視座を得る。考えてみると「既にペンギンが絶滅した未来」というのも、仮想的ではあるのだ。

 

入間しゅか「このゆびとまれ

大学とは怪人物の居る空間である。通称「ペンギン」と呼ばれる神出鬼没のゴスロリステッキ女子と、謎のサークル「かくれんぼの会」の関係とは何か。なぜペンギンは自由自在に姿を消せるのか。一年が過ぎ、大学生活にも溶け込んですっかり影が薄い人間となった主人公の前に再びペンギンは姿を現し、そして……。謎サークルが存在するのも大学らしいし、友人がカップルこさえて疎遠になってしまうのも大学らしい。そういう青春小説であります。

 

TYPE33「ファーストペンギン」

遥か遠い未来。時折謎の「白原病」で真白い平原を幻視する、彼らは一体何者か。各地に建てられた謎の石像。古代文明の暗号。すべての答えは南の果て、極地の大陸に見いだされる。そこで明かされる真実、人間の去った後で地上に反映した知的種族たちの、始祖となった存在は……。節々に張られた伏線が、ラストシーンの愛らしさで回収されるよさ。

 

武石勝義「僕はペンギンを見たことがない」

中島敦名人伝」で唱えられた「不射之射」のように、差し詰めこれは「不在之在」か。世界にペンギンが居ない訳では無いし身の周りにもペンギンやペンギン製品は存在する、けれども独り主人公の目にだけは、ペンギンを捉えることが出来ない。手で触れることも出来ない。世界にぽっかりと穴が空いているように、ペンギンの認識だけが抜け落ちている。だがしかし、そのことは却ってペンギンの実存を確固として信じさせるし、そこから広がる世界全体をも信じるという、極めてポジティブな視座を与えるものとなる。ペンギンああペンギン。

 

かんな「ペンギン・マンデイ」

ペンギンSFアンソロジー、上下巻のオオトリを飾る本作は、明らかに「在」である。憂鬱な月曜日の通勤電車にペンギンは実在し、人生に小さな冒険とささやかな彩を与える。思い出そう、カラビニエリ*1とペンギンのジョークを。

土曜日の朝、カラビニエリの隊長の家で、部下からの電話が鳴る。

「ペンギンを拾ったのですが、どうすればいいでしょうか?」

「動物園へ連れて行け」

日曜日の朝、カラビニエリの隊長は部下がパトカーにペンギンを乗せているのを目撃する。

「今日は映画館に連れて行こうと思います」

バリエーションはいくつかあるはずだけど、だいたいこんな感じ。ひとは土曜も日曜も月曜も、ペンギンを見つけたら離さず傍に置くものです、それこそが真理。

あるいは、このお話の最後に出会う(であろう)二人は、ここから新しい物語を始めるのかも知れない。ペンギンが導くストーリーに、果ては無いのです。

 

以上、下巻は24本の物語が多彩な色を成す構成でした。愛と実存、そういうテーマが多かったように感じます。そしてその中にも流れはあり、上巻と繋がることによって円弧は閉じる、いや広がる。同志の同心円はここから渦巻いてペンギンネード(人鳥竜巻)を生み出すことでありましょう、ああ、わたしにはそれが見える、確かに見えるぞ!!

 

……失礼しました、あんまり長くペンギン漬けになってた所為で、まるでじぶんがにんげんになったような幻覚を見ていますね、おれちょっと海で魚獲って来るんで、ジャッ!!!🐧🐧🐧

 

*1:イタリア国家憲兵