ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

W・F・ハーヴィー「五本指のけだもの」

1910年代から30年代にかけて活動した作家の短編集。いちばん有名なのは冒頭にある「炎暑」でしょう。これはいろんなアンソロジーで読んだし、ジュブナイルにもなっている。と思ったら表題作「五本指のけだもの」も最近岩波少年文庫に入っているのだそうで、昔のものだけれどいまにも通じる作品と思ってよいのでしょう。実際、だいぶ面白かった。

不条理な恐怖が人間によって引き起こされるような話が多くて「人怖」とか「サイコホラー」のルーツのひとつ、ともいえるのかな。超自然的な存在は、示唆はされるのだけれどやはり人間を通じて顕現するものだし、それらが本当は何物だったのかは、はっきりとは明示されない。このあたり、一人称を用いた語りや「手記」の形式を取っているものが多く、被害者の視点で描かれたそれらからでは、真実の薄膜を見通すことが出来ない。

全部を語らないというのも怖さで、「炎暑」のラストは別段人が殺されるようなことは書いていないのだけれど、読んでいる側にはこの後語り部は(手記の書き手は)殺されてしまうんだろうなあという諦観を、強く想像させるものである。手記というのは「実況」ではないので、まさに自分が死にそうだという時に「手が手が窓に」なんて書いてる場合じゃないのである(´・ω・`)

一人称の語りという点では、「道具」の語り手が、自分でも気づかないうちに認知が歪んでいる(局所的な記憶喪失に陥っている)ことに気づかされる瞬間が何か怖かったのと、これが精神病院に入院している患者の語りなのだと明かされるラストで、はたしてこの語り手は信用できる書き手なのか?という問題を読者に提示する。やっぱり20世紀にもなると文章・文芸って全体的に洗練されてきているのでしょうね。そういうことを感じます。

表題作「五本指のけだもの」は、冒頭と結末で語り手が当事者から話を聞いている、という形式を取る箱小説で本編部分は三人称なのだけれど、起きていることは怪奇現象なのになぜかものすごくギャグっぽく読んでしまう。なんでだろうな、距離感だろうか?訳者解説にも「オフビートなユーモアのゆえに、一種のブラック・コメディとして読むことも可能だろう」とあるので、この読みは外していなかったようではある。

現代日本のホラー界隈とは離れた位置にあるけれど、古典怪奇小説を愛好する人には直撃でしょうねこれはね。

巻末の解説によると水木しげるがいくつかマンガに翻案しているらしい。無許可で(笑)