ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

マイケル・ムアコック「夢盗人の娘」

夢盗人の娘―永遠の戦士エルリック〈5〉 (ハヤカワ文庫SF)

夢盗人の娘―永遠の戦士エルリック〈5〉 (ハヤカワ文庫SF)

新装版エルリック・シリーズの第五巻。エターナルチャンピオンも一時期鬼のように読み漁った(苦笑)もので、今回の改訂はスルーしていたのだが、今巻からは実は新作だそうで危うく気付かずに済ますところだった。
エルリック・シリーズと銘打ってはいるがちょっと毛色が変わっていて、物語の開幕するところは1930年代のドイツ、主人公はウルリック・フォン・ベック伯爵なる若きドイツ貴族である。聞き覚えのある名前にはニヤリとするところで、どうやら「堕ちた天使 (1982年) (World SF)」で聖杯探索の旅をしたウルリッヒ・フォン・ベック伯爵*1の子孫であるらしい。「エレコーゼ・サーガ〈3〉剣のなかの竜 (ハヤカワ文庫SF)」にも同名の人物がナチスから逃れて来た状況で登場するが、どうやら同一人物ではなさそうだ。今回のベック伯は白面赤眼のアルビノ体質で、且つ「鴉の剣(レーヴンブランド)」なる伝家の“黒き剣”を所持する「永遠の戦士」の一人なのでありますばばんばん!

1930年代でドイツといえば当然、敬礼の仕方に特徴がある例のコスプレ集団が出てこなけりゃ嘘でしょう!田舎の地所で若隠居を決め込むウルリック君のもとに突如SS将校の制服に身を包んだ従兄(従兄!)のゲイナー君が現れ、家門伝来の黒き剣をアドルフ・ヒトラーナチスとドイツとその他諸々のファッショ的概念に供出させるべく迫るのであった。

一方その頃永遠の都タネローンは発狂した「法」の女公爵ミッゲアの侵略とエルリックのヘマにより滅亡の危機に瀕し、ストームブリンガーを奪われ半死寝たきり状態のエルリックは魂を幽体離脱して自分も知らなかった自分自身の隠し子*2の導きにより、ウルリック君と彼の「黒き剣」を20世紀世界から多元宇宙へ拉致監禁合一しようと試みるのであった…

相変わらずいつでも大ピンチな多元宇宙と、相変わらずどこでも大言壮語なエルリックの変わりなさ加減が実に心地よい(笑)例によって病弱無人な割りには自信満々、売られた喧嘩はいつでも買い、ぶち切れ出すと大暴れ。でもちっとも持久力が無く、すぐに息が上がってばったり倒れそうな危ういところがたまらないメルニボネの皇子の魅力ではある。ムーングラムは本当に付き合いがよい友人で、運命に散々翻弄された挙げ句アガリが少ないという点では「永遠の戦士」よりも「英雄の介添人」達の方がよっぽど大変だナーと思わされた。今回ラッキールが「旅に出ています」で出てこないのは絶対、居留守に違いない(笑)そういうエルリックを傍目で見て、尚かつ「俺こいつと同一存在なんだよな」的な感慨を抱かされるウルリック君の葛藤がこれまでのエターナル・チャンピオンにはない視点で面白かった。「とんでもねえ、私ゃただの人間だよ」のジョン・デイカー的指向とも、ちょっと違う。だって恋仲におちいる女性が異次元で自分自身がはらませた娘ですぜ?

さて、そんなこんなで多元宇宙を股に掛け、あっちでズバズバこっちでズバズバ黒き剣を振り回した一行はようやく1940年のドイツに帰還し、やっぱり黒き剣をズバズバ振り回してヒトラーを死ぬほどビビらせ、ルドルフ・ヘスを感動させ、ついでにドイツ空軍を壊滅させてバトル・オブ・ブリテンをイギリスの勝利に導くのでしためでたしめでたし!!!

とまーコミカルにあらすじを書いてみたが別にコメディではないので一応念のため。つい懐かしく、楽しく読んでしまったのでした…そして改めて思い出した。

エルリックがせせら笑った。「わたしが神や半神の怒りを恐れると思うか。わたしはメルニボネのエルリック――わが種族は神々と肩を並べる者だ」

まさしくメルニボネの皇子はキチガイに刃物なのであった!いかな「呪われた公子ゲイナー」とはいえ、この時点ではただのナチに過ぎず、哀れ百万世界に斬り刻まれ御陀仏、残念!

*1:訳者が違うので表記が異なる

*2:「真珠の砦」のラストを思い起こそう