小説投稿サイト「ノベルアップ+」で開催された「怪談コンテスト2025」受賞作を中心に編まれた作品集。最優秀賞作をはじめ投稿作品11本+選考委員による新作2本の計13作を収録。なおコンテスト結果はこちらにあって、受賞作のすべてが載ってる訳ではない。コンテストの募集要項に「アンソロジーに収録するのは実話怪談のみ」とあるので、未掲載の作品は「実話ではない」ということなのかな?しかし「実話怪談」というのも結構な謎で、本書に掲載された作品に書かれた出来事が「実際にあったもの・実際に取材して聞き取ったものです」と言われたらちょっと困ってしまうところなんですが、そこはまあ、あんまり深く考えずに読みました。「いかにもありそうな話」として、現実に寄せたリアリティ、実感を持つ恐怖を題材にしたもの、とでも思えばいいのかな。あと、「談」は多分重要で、怪談とは大勢に語る事・伝えることだ、というのが幻想文学や怪奇小説とはちょっと異なるものなんでしょうね。朗読志向が強めにあるというのも、特徴ではあるか。「怪談とは何ぞや」も、人によって違うというか流派みたいなのありそうなんだけどね。
以下、収録作短観
三塚章「C3講義室」
大学の教室を舞台に、机の落書きで文通(?)を続ける相手の正体は……?という展開。大学というのは案外人間の気配が薄いところもあって、講義が変われば隣にいる人間も変わったりする。たまたま別の講義で同じ部屋の同じ机を使ってる学生だと思っていたらどんどん距離を詰めていく怖さか。怪異に遭遇した相手は無事逃げ切れたように見えて、その先にまだ距離を詰めてくる怖さ。
内田ユライ「要らない御守り」
神社で遭遇した奇怪な人物が無理矢理御守りを押し付けてくる理不尽。行く先々で現われどこか悪意を感じるそのものを受け取ってしまうと、その夜に幽霊じみた存在に襲われる。理由はまったくわからない。理不尽というのは理由のない恐怖で。御守りの中身については最後に開示されるのだけれど、そこに理屈はない。「理由が無いことの恐怖」は小泉八雲の「茶碗の中」以来の、怪談の伝統なのかも知れない。あれ田中芳樹が褒めてたんだよね。
はじめアキラ「こえ、こえ、こえ」
妹と電話で話している語り手が、急な地震と共になにか別の家族とチャネリングしてしまうようなお話。語り手自身も過去に震災体験があると布石が置かれているので、急に地震の風景(とはいえ暗闇と声だけ)がシームレスにインサートされ、自然に読めるのに不自然が明記されている記述が巧みに感じました。もしもその不自然さ、異常に気づかなかったら……という、いわば生還者が語る不安。
ウエダ コウイチ「ゲームボーイ」
小学校というのもだいぶ残酷なところで、いろんな意味で差異のある、しかもまだ未成熟な人間がひとつところに押し込められる場所ではある。クラスの変なヤツが拾った古いゲームボーイに(そういえばこれは微妙に実名を外しているんだな)呪われるというか祟られるというか、ゲームする少年だからゲームボーイか。盗癖がある子が罰せられるような話ではあるけれど、別段正義が執行されているわけでもない。やはり理不尽さが恐怖の源泉ということか。
岡崎昴裕「空き家と幽霊」
住人が無くなり空き家となったばかりの家で不審人物が目撃される。どうも幽霊ぽいというのでじゃあ深夜に現場に行ってみましょう!となる行動力も冷静に考えてみればすごい話なんだけれど、なんだかんだでビデオカメラは幽霊を捉えてしまう。その幽霊はどうやら生前に空き家の住人(故人)と諍いがあり、その事の未練で化けて出ているのでは?と思わせて意外な結末になる。ちょっといい話で終わるんだけど、この題材を扱う時はたぶん注意が必要だとは思う。
せなね「オレジャナイ」
仏壇の引き取り先で出会った謎の人間。よく見ると人の顔ではなくゴムマスクを被っているかのよう……というのは中身によっては都市伝説やレプティリアン陰謀論方向の話に持って行けそうだけれど、あえて説明はしないところに恐怖を抱かせるもの。明らかに人の住んでる気配を感じさせない部屋、傷だらけの鏡に刻まれたメッセージ。「何か」を想起させるけれど、それが何かは分からない。謎めいた存在に襲われ九死に一生を得て、という感じ。
御家時「撮影担当」
動物園で飼育動物の写真撮影を担当する語り手の撮る写真に、時折子供だけが恐怖を示す。そしてそこに写っていた動物は死んでしまう。「カメラは魂を取るもの」という迷信があるけど、はたしてそれはカメラのせいなのかカメラマンによるのものなのか。ともあれ、結果的にはカメラマンが写真を撮ると何かが死ぬ。という理不尽さに襲われる。ひともまた動物である。
図科乃カズ「ポタ、ポタタ」
新社会人の語り手が格安で住んだマンションで遭遇する怪異。エアコンの水漏れ、掃除機に詰まる長い髪の毛。湿気と女気というのも怪談では頻出かもしれない。この話は「なぜか」「なにが」「どうして」という理路が、たぶん収録作ではいちばん明示されていて、一種の地縛霊による祟りだ、という展開を迎える。「あるはずのものがない」「ないはずのものがある」というのも恐怖小説のセオリーなんだけれど、これは後者に属するものか。語り手の住んでいた部屋(部屋番)が実は、と。タイポグラフィが効果的な反面、朗読するとこの良さは失われてしまうよな、とも思うところで。
暁月こん「縁なき衆生は度し難し」
怖い、という点ではこの話が一番怖かったんだけれど、変事の相談に乗った相手の境遇を調査して、ほぼ原因を解明し、それでも相手が怪異に取りつかれて、これはもう死んでいるだろうなあという展開なのに、だいぶドライに突き放しちゃうような語り手が怖い。でもそれは正しい読み方なんだろうか???
宿屋ヒルベルト「サルガニ池の供犠」
友人から聞かされた古い思い出話の中に現れる謎めいた池。片方しかハサミの無い大量のザリガニ。片腕の老人。謎めいた文言。いわば「箱小説」としての枠組みがある怪談なんだけれど、最後にその枠を壊してくるところが怖さになっている。
※箱小説、というのは冒頭に「これは誰それから聞いた話なんですが」みたいな前提を置いて話しに実感を持たせる手法で、小泉八雲の「雪女」が有名ですね。
泥まんじゅう「めぐる」
西国遍路の旅で巡礼者が出会った怪異は……。こちらは最優秀賞を受賞した作品で、途中で語り手ががらりと変わるなど、かなり技巧を用いている。そのうえで「めぐる」というタイトルテーマを補強し、現実に寄り添う範囲で理不尽を描いたもの。改行が多く行開けも多用していて、紙よりもスマホなどの画面で見たらリーダビリティが変わるかもしれない。
以下二本は特別審査員書き下ろし作品。
斉砂波人「伝えてくれ」
怪談を語る事の意義を伝えるようなストーリー。遊び半分に心霊スポットを訪れた人間が「何か」に出会い、それを連れて来たようなことを伝えると、偶々その場に居合わせた人間へのメッセージとなり救いをもたらす。いちばんさわやかな結末ではあるけれど、その分「作為」も強いなあとは、思います(個人の感想です)
夜馬裕「身柄確保は、まだできません」
社用車である地点を走るとラジオに聞こえる謎の無線。よくよく聞けば警察無線のようなそのやりとりは、自分の車を捕まえようとしているらしい。この話も理路というか因果が整っていて、なぜどうしてそれが起きるのかは明示される。理不尽なのは「人違い」をされたからで、なぜ人違いが起きるかと言えば、それは実は幽霊よりも人間が怖いという、重層的な恐怖譚になるもの。しかし会社って学校よりも怖いよな。「会社の怪談」やったら「学校の怪談」より怖いことになりそうだな。
そうそう、これは代々木で実際に起きた出来事だと聞いた話なんですが、ある日模型雑誌「ホ〇ージャ〇ン」の編集部員がいつものように出社してみると、編集長が突然退職していて、すべてのPCがクラッシュしてたそうです。怖いですね。
この話には続きがあって、その編集部員という人が次の編集長になったのですが、
ある日別の編集部員が出社すると、その編集長も突然退職していて、すべてのPCがクラッシュしてたそうです。
ほんとうに怖いですね。