ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

伊能高史「ガールズ&パンツァー劇場版 variante」6

廃遊園地での戦闘に移行する第6巻、観覧車先輩大活躍でアリマス。例によって本編では描かれなかったキャラの掛け合いが楽しいもので、レオポンとアリクイチーム主導によるあんこう音頭とかは「音」も聴こえてきそうではある。

知波単のキャラは最終章に続くというかそこからフィードバックされてるところがあって、細見と玉田の会話なんかはそんな感じだ。

大体に於いては劇場版アニメの流れそのままなのだけれど、今巻ラストでサンダースのおケイさん<だけが>退場するところは明確にオリジナルとは違えて来ていて、今後ラストに向けての差異に注目したい。

ところでこのエントリーは大洗の江口又新堂で買った本をシーサイドステーションのARISE CO_WORKING (廣岡さんとこだ)で読んでそこで書いてるんだけど、114ページを見るかぎり1年生チームのあやちゃんは大洗サーバーに干渉できるセレブラントのようで、やはりガルパンとゼーガのコラボは全然オッケイだと思。

(´・ω・`)

柴田勝家「アメリカン・ブッダ」

アメリカン・ブッダ (ハヤカワ文庫JA)

アメリカン・ブッダ (ハヤカワ文庫JA)

 

近年名を馳せる事多い戦国武将もといSF作家柴田勝家(本名:綿谷翔太)*1の短編集。民俗学とSFの融合というのはこの人の作品によく掲げられる惹句で、成程そういう作品が多いというか、大体どれもそうか。なにしろ南方熊楠孫文と組んで19世紀末ロンドンに現れた天使の謎を解く、なんて話もある(「一八九七年:龍道幕の内」)。一方で「邪義の壁」は折口信夫的な民俗学シチュエーションで旧家の(自分の家系の)秘密を解き明かしていく、SFというよりサイコ(キチガイという意味でのサイコだ)ホラーで、こういう物も書くんだなあと初出を確認したらナイトランド・クォータリーだった。こういう物も書くんだなあ。国際リニアコライダーが時間に干渉して個人の過去を改変する…と思わせ実は、な「鏡石異譚」、物語という概念が一国(と個人)の社会を転覆せしめる「検疫官」など様々な作風を読むことができます。

雲南省スー族におけるVR技術の使用例」は、実はこれが個人的初柴田勝家だった作品で、S-Fマガジンの2016年12月号(VR/AR特集号)で読んでいます。仮想世界に耽溺する民族をレポートする様で、実は現実と仮想の担保を読者への挑戦のようにまとめた一本。初出以来いくつものアンソロジーに収録された傑作で、今後も読み続けられる一本でしょう。

 

ところで実は、小説以外でいうと個人的初柴田勝家はそのS-Fマガジン2016年12月号に載っていたアイドルマスターの(デレマスの)VR動画体験レポートの方を先に読んだので、柴田勝家と聞くとどうしてもVRゴーグルサイリウム装備で架空の舞浜アンフィシアターに降り立ち「Fu!Fuuuuuu!!」「イェェエエ!ヴォイッ!ヴォイッ!」ってやっている人。という印象がある。第一印象って強いなあ。

 

閑話休題

 

そして表題作「アメリカン・ブッダ」ですが、こちらはまるで「雲南省スー族…」を受けた返答のような、VRの側にいる人(人々)が現実からアプローチされるお話。仏教を信じるインディアンアゴン族(阿含だよなー)のミラクルマンよりも、「大洪水」という極めてキリスト教的(旧約聖書的)なディザスターに見舞われてVR世界に逃避した白人社会が、理想的な仮想空間から現実の世界へと回帰する話なんだな、そういう印象を受けます。まさにいま、災厄に覆われた世界の中で描かれた物語だなという気はする。(「検閲官」のテーマも実に今日的であるけれど、こちらは2018年の作品)アメリカ社会というのを白人とインディアン<だけ>で記すのはいささか危険ではあるけれど、やはり対比されるのはVRとRであって、ブッダとかキリストとかはうーんたぶんこれデコレーションなんだろうな…

 

ズバリいうとゼーガペインのクロシオ先輩みたいな、そういう立場な人がどうやって不便な現実に帰っていくのか。というお話なのだろうなーと。柴田勝家先生もきっとゼーガペイン見てるだろうと思うんだよね。2016年12月号にはゼーガの記事もあったし、舞浜アンフィシアターで嬌声をあげる人ならきっと…

*1:池澤春菜嬢による巻末解説に基づく

ディーリア・オーエンズ「ザリガニの鳴くところ」

ザリガニの鳴くところ

ザリガニの鳴くところ

 

 

ミステリ…なのかなあ。アメリカ、ノースカロライナ州の湿地帯で不審死を遂げた遺体が発見される1969年の事件が捜査され容疑者が逮捕されるパートは確かに推理小説(風)ではあるのだけれど、そこに交差されるのは1952年から語り始められる、家族に捨てられひとり孤独に生きて行かざるを得ない "湿地の少女" ことカイアの物語で、こっちの方がメイン。沼地に小屋を建てて暮らす「貧乏白人(ホワイト・トラッシュ)」一家の末娘として育ち、父親の虐待により崩壊した家族は次々に家庭から脱出し、やがてカイアは父と二人きりで暮らすこととなる。成長するにつれて起こる様々な出会いと、父親も失踪し遂に訪れたほんとうの孤独と、美しい湿地帯の自然に囲まれて、時には人を愛し、時には人に裏切られ生きていくカイア。そういうお話。

2つのパートはそれぞれ短い章立てでさかんにフラッシュバック/カットインされて緊張感を高める構成で、捜査が進めば当然のようにカイアは容疑者として逮捕され、過去と現在は一体となって法廷の場へと繋がっていく。そこでもやっぱり短いカットが緊張感を増していく訳なんですが、実際行われている裁判はあやふやな目撃証言と不確かな証拠提示だけのgdgdな内容ではあるのでw 普通のペースでだらだら書いちゃうとクライマックスでもなんでもない。それで結局カイアはどうなるのか、事件の真相は…

 

ネタバレもあるしそこは書かないけれど、事件の真相そのものには、やっぱり大した意味があるとは思えません。むしろ虐待とか貧困、格差という現代でもストレートに通じるテーマを、しかし現代を舞台としないことによってワンクッション置いているのだろうなーと、そんな気はします。むしろ現代でやると生々し過ぎたり、却って反発を買うようなこともあるかとは思う。(貧しくても心清らかな人々を現代に出すのは余りに噓くさいとか、そういう懸念もあるかもだ)

 

読みやすくて面白かったけれど、こういうお話でもなかなか黒人は主役になれないのだなあとも考えさせられた。

 

ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア「故郷から10000光年」

 

むかし何かのアンソロジーで読んで、読み返したくてもタイトルも著者も失念していた作品が本書に収録されている「故郷へ歩いた男」だと知って読む。この人の本も10代のころからいくつか読んでたけれど、本書は多分未読だったと思う。本国では一番最初に編まれた短編集だそうで、結構ドタバタというかガチャガチャした話が多い。読み返してみた「故郷へ歩いた男」も、やっぱりなんか、うーん、変な話ではある。たしかタイムトラベル物のアンソロで読んだのだったかな。梶尾真治の「美亜に贈る真珠」にちょっと似ているというかどっちが先だとかそういう話はまあいいか。どうもいまひとつ乗れなかったんだけど(さすがに古さを感じさせる話が多い)、「ビームしておくれ、ふるさとへ」は後々のいくつもの作品に、特に「たおやかな狂える手に」*1に通じるような情感があるなあと。

 

ティプトリーと言えばジェンダーの人というか、自分は「ジェンダー」という概念をティプトリーの文脈で知ったものなので、どうしてもそういう視線で見てしまうのは否めない。そしてアリス・シェルドンが書いたものだとあらかじめ判っているものだから、どうしても女性的(な作品)に見えてしまう。そういうものだな…

 

その意味では本書でいちばん面白いのは、ハリイ・ハリスンによる前書きかも知れない(笑)

 

*1:「星ぼしの荒野から」https://www.amazon.co.jp/dp/4150112673/に収録

「劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン」見てきました。

公式。去年何も知らずに外伝を見て*1、その後TVシリーズを履修して*2、悲劇的な事件や幾度の公開延期を経て漸くに。劇場ではパンフレットが品切れでしたが、幸いこちらのサイトで正規に購入できました。

 

発送は9/23以降だそうですが、こういうのが増えると良いですね。もしもこの記事をお読みの方で、やはり映画を見たけれどパンフが入手できなかった方がおられましたら、くれぐれもメルカリその他の転売サイトではお買い上げならないよう願います。

 

さて以下はネタバレ全開なので隠しますが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続きを読む

佐藤たまき「フタバスズキリュウ もうひとつの物語」

フタバスズキリュウ もうひとつの物語

フタバスズキリュウ もうひとつの物語

  • 作者:佐藤 たまき
  • 発売日: 2018/08/03
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

フタバスズキリュウ発見50周年を記念して2018年に刊行された一冊。著者佐藤たまき氏は日本の首長竜研究の第一人者と目される、フタバスズキリュウことフタバサウルス・スズキィの論文記載を行った方なのですが、個人的には「むかわ竜」を鑑定して「これは首長竜ではなく恐竜の化石だ」と特定した(そしてそれを聞いた穂別博物館の櫻井和彦館長が小さくガッツポーズした)人だという認識でおります。その時の話は特に出てこないのですが、そういう人と人とのつながりを感じさせるような本でした。

内容はほぼ佐藤さんの自伝というか生い立ちというか、たぶんいちばん近いのは日経新聞の「私の履歴書」ですかね。そういう研究者個人の話であって、フタバスズキリュウ研究の話はあってもフタバスズキリュウの話、生態とか当時の白亜紀の情景とかそういうのは無いのでいちおう念のため。

ひとりの恐竜好きの女の子が、長じるにつれてもその夢を捨てずに研究者の道を選び、いかにして「フタバスズキリュウ」に国際的な学名を記載するまでに至ったか。大体そんな感じなんですが、国内外のポスドクを転々と渡り行く就職活動の話ばっかりだという感もある(笑)それだけ大変な世界で、大変な世界を渡っていくにはやっぱり人と人とのつながりが大事なんですね。縁もゆかりも大切です。若い方はそういうものを「コネ」と呼んで嫌う向きがあるかも知れませんけれど、人のあいだに脈をつなげていかないと社会性は育たないものですし。

そういう、いわば横のつながり(無論上下はあるが)の他にも、先行研究者たちによる時代を超えた「縦のつながり」みたいなものも読みとれて、恐竜の主体は恐竜だけれど、恐竜研究の主体は人間なのですと、そういう本ですね。首長竜は恐竜じゃありませんけれど。

 

しかしこの方同い年なのですね、それは存じ上げなかった。

 

「荒野のコトブキ飛行隊 完全版」見てきました

公式。といっても映画の公式サイトというのは無いのね。完全新作ではない総集編+新作カットが「完全版」ならばTVシリーズは不完全なのかという難癖wはともかく、面白い映画でありました。大画面と迫力の7.1ch音声で大空を自由に飛び交うヒコーキ映画、なかなか昨今のアニメーションでもここまで作り込んだ飛行機物は無いでしょうと*1

TVシリーズにあったエピソードはいくつかは大胆にカットされているのだけれど、TVシリーズの前半部分にあった謎の陰謀が段々と進められて誰がその黒幕なのかという、謎解きやミスリードの要素も切り捨てて、ストーリー自体は分かりやすいし空戦はじめ飛行機のアクションは成分多めで、TVシリーズ履修済みの方は最初からMX4Dで見ちゃってもよいかなと思います。逆に未見の方は途中から唐突に出てくるキャラが多くて戸惑うかも知れません。キリエとナオミの因縁とサブジーを巡る2人の関係が全部出なかったのはちょっとビックリしたんだけれど、あの部分はストーリーには全然関係なかったしなあ…サブジーとキリエの(特に思想性に於いての)師弟関係はきっちりやっています。大空はアナーキーだ!(そうなのか)

新作部分は主に2つで、ひとつはコトブキ飛行隊結成当時のエピソード。6人のそれまでの前歴を見せるのですが、エンマの旧友としてTVに1カット出ていたタミルが拾われていたり、チカが実は空賊出身だったりとなかなか面白いところです。ザラさんいい女過ぎです。もうひとつは最終決戦前夜の羽衣丸一同の思いというか行動というかそういうところで、ガルパンの黒森峰前夜を思い出すような作りだ。その場面ではTVシリーズの際に完全に死に設定だった「キリエとエンマは幼なじみ」というのをこれまたちゃんと拾っていて、丁寧なつくりはしているのだよな。チカのベッドの横にあった落書き、サネアツ副船長のベッドの上に貼ってあった写真(ポスター?)、パーソナルスペースにあるパーソナリティが、キャラの魅力を増やしているのだなあ…。そしてやっぱりザラさんいい女過ぎです。チームの要はあきらかにあのひとだ(笑)

新作にあたってどんなエピソードが見たいのかを、ファンではなくスタッフにアンケート取ったのだそうで、そういうことをやったアニメも無いように思います。

 

藤原啓治さんは本作が遺作ということになるのでしょうか、新作パートのサネアツ副船長の演技はこれまでとまったく変わらぬ楽しい芝居で、いまでもちょっと、亡くなったことが信じられない気持ちではありますね…

 

まあやはり飛行機プラモが作りたくなる映画ではある。ファインモールドの1/72隼が一般流通してくれればいいのにな(´・ω・`)

いまでもモデルカステンのオンラインストアで入手は可能なんですが、2機分のパーツと本来別売りのデカールをセットというイレギュラーな販売方法で、おまけにデカールのVol.1(キリエ&チカ機)はセットから除外するというその、

http://www.modelkasten.com/modelkasten/

*1:飛行機アニメ自体は時々出てくるのだけれど、ほぼ死屍累々という感がある