ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

「映画大好きポンポさん」見てきました。

公式。 いやー、面白かった。原作はツイッターでバズった時に読んでいてそれもとても面白かったのだけれど、今回映画化されて、原作とはずいぶん違う話になってた気がするんだけれどさてどうだったかな。原作にはないアランのキャラクターが、成程映画化にあたってpixivよりも広いターゲットに見てもらうにはこういうキャラによるこういうエピソードが必要なのだろうなと、インナーサークルだけでは完結しない物語に昇華されているのがよくわかります。

映画製作をテーマにした映画というのもよくあるけれど、編集作業をアクションシーンに出来たのはアニメならではの力なのかな。先日NHKでやってた庵野ドキュメントじゃオッサンがポテトチップスを飲み物にしながらブツブツやってるだけだったからなあ…・カットすること、何かを切り捨てることで作品としての完成度が高まっていくのだというのは、やはりスリリングなことで、「何も足さない、何も引かない」だけが正解ではないのでしょうね。

もともと日本を舞台にしては成立しないタイプのストーリーなんだけれど、アニメはアニメで海外セールス狙ってんだろうなというのも、それもよくわかるつくりで。自分が10代20代の頃は身の周りの同世代にいずれアメリカに行って何事か成し遂げたいというひとが時折いたのだけれど、ひるがえって今の若者にとってのアメリカってそういう位置にあるのかなあと、そんなこともふと考えた。

小原好美さんをキャスティングしたのがもう優勝だろって感じもあって、今回EJアニメシアター新宿で見たのだけれど、最後にここ(経営形態は異なる)に来たのって「いばらの王」だったか「文学少女」だったか、花澤香菜さんが映画初主演したころだったと記憶している。時代もひと回りしてるんだなーてなことも思ったりだ。

しかし、おかげで新宿ではシネコン上映やってないのよね。コロナだったり他の大作と重なったりでいまいち多くの人に見られてないんじゃないかって気もするのですが、良作で幅広く見られてほしいものです。なんらかの創作を志している若い世代の方々や、なんらかの創作を志して挫折した年寄りとかにだw

 

<追記>

原作読み直してきた。いやー、全然違う話だなコレ(笑)

 

comic.pixiv.net

マイケル・ドズワース・クック「図書室の怪」

 

 四編の奇怪な物語、とサブタイトルにある通り表題作「図書室の怪」「六月二十四日」「グリーンマン」「ゴルゴタの丘」の四作を収録した短編集。とはいえ「図書室の怪」が中編(ノヴェラ)といってよいボリュームで、ページの8割がたは表題作が占める。これほど古式ゆかしいゴースト・ストーリ―を書くひとが現代にまだいるのだなあということに驚かされます。静謐で上品な恐怖を、ある意味朴訥に語るというか。「図書室の怪」はシャーロック・ホームズの「マスグレーブ家の儀式」を思わせるような謎解きで、館の秘密と一族の過去が明らかにされていくなかなか読ませるものでした。原題を「Libraian」といって、普通に訳せば「司書」なのだけれど、図書室を司るもの、図書室に憑りつかれていたもの、それはいったい誰だったのか…。読了後、そんなことをちょっと考える。いい幽霊譚でありました。

その他3本はいずれも小品だけれど、ノスタルジックな視線と過去からの因縁が絡まって抜け出せなくなるような、広義な意味で「呪い」のお話なのだなあと、だいたいそういう印象を受ける。

著者クックはミステリーの研究家が主で本書が初のフィクション作品らしい。いろいろと人となりを知りたいところなんですが、訳者あとがきがいわゆる「あとがきにあらすじをのせるタイプ」のそれなので、大して情報が無い。それはちょっと不満。

川崎康宏「銃と魔法」

 1994年刊行の、書影の帯にもあるように第5回ファンタジア長編小説大賞準入賞作*1。刊行当時読んで随分面白かったのをよく覚えていた一冊が、たまたま神保町@ワンダーの路面棚で110円の値札が付いていたのでたまらず確保する。四半世紀以上開けての再読だけれどやはり面白かった。

「ファンタジー世界は何故永遠の中世なのか」というようなことはよく言われるけれど*2、そんな風潮に真っ向から立ち向かうような現代アメリカ風異世界を舞台にエルフとドワーフの警官コンビを主人公に据えたファンタジー警察小説。異世界とはいえグロッグだのフェラーリだの果てはニューヨーク市まで出てくるけれどいいじゃん別に、面白いんだし。おっさんふたりの軽妙な会話がテンポよく話を転がして、伝統的な「○○分署シリーズ」のように様々な警官たちが入り乱れるストーリー。その警官がゴブリンとかトロールとかまあいろいろな亜人種揃いで、そういう連中が既に「いろいろあったが、いまでは普通の人」となって社会を構成している現代。この設定だけで勝ったも同然な気がします。公民権ならぬ「亜人権」を巡って大規模デモが起きている状況というのは現代よりも60年代アメリカ風だけれど、むしろ本書刊行当時、1990年代の日本のファンタジー小説界隈では山本弘スチャラカ冒険隊のシリーズで一石を投じた「モンスターの人権」問題にストレートに影響されている*3のだな、というのはいま本書を読んだだけでは解り難いかも知れません。

ストーリー自体は軽めのクライムコメディといった感じでここにファンタジー小説のお約束を放り込んでいければいくらでもお話書けそうな気もするのですが、残念ながら本書と続編「青い炎」のみでシリーズは終了。作者も2010年ぐらいまでは散発的に作品を発表していたようなのですが、近年は活動されていないのかな?いささか残念な気もします。おっさんばかりでまともな女性キャラがストリートギャングの情婦ぐらいしか出てこないとか、タイトルにもある「魔法」がクライマックスで発動するかと思いきやいきなりスベって失敗するとか、そういう外し具合がよくなかったのかしら。

 

そういうところが好きなんですけど(´・ω・`)

 

*1:調べたらこの年は大賞は該当作なしだったそうな

*2:中世警察とかのモロモロはさておき

*3:なにしろイラストも同じ草彅琢仁だ

D・H・ウィルソン&J・J・アダムズ編「スタートボタンを押してください ゲームSF傑作選」

ビデオゲームをテーマにしたアンソロジーということで、創元SFのラインナップとしては先日読んだ「この地獄の片隅に」*1の流れなのね。原書は全26篇のところを12篇に削っているのは「傑作選」だからまあいいのか。しかし原書が500ページ超のアンソロジーというのはもう紙ベースで考えてないのだろうなあ。ことによると一本ごとのバラ売りをやってるのかしら、知らんけど。

ゲームとSFというのも昔からあるけれど(「エンダーのゲーム」なんて直球だ)昨今の作品群だけあって昨今のようなFPSオープンワールドだったりVRだったりするものが多いです。そこを敢えてオールドタイムなテキストアドベンチャーを取り入れるものもありで、バラエティは豊かだ。VRFPSといえば昔SFマガジンVR特集で読んだなーと思いながらページを進めていたらまさにその作品、ヒュー・ハウイーの「キャラクター選択」が載ってて嬉しい再会…とはいえ、巻末解説には

コリイ・ドクトロウ「アンダのゲーム」以外はすべて本邦初訳・初出だ。

なんてあってちょっとモニョる。そのコリイ・ドクトロウ、「マジック・キングダムで落ちぶれて」の人なんですね。あの作品の設定は先進的だったなーとそれもまた懐かしく。いやストーリーはちょっとその、ね*2。とはいえ「アンダのゲーム」は本書収録作の中ではいちばんよかった。いかにも最近のアメリカSFらしいジェンダーポリティカル・コレクトネスが題材なので苦手な人は苦手かもしれないけれど。

ゲームというのは実に幅広い概念で、ゲームをテーマにした小説というのも当然幅広い内容になる。現実と虚構、自我と自認、ループとリトライとまあ色々で、自分が余りゲームをやらない人間だから、ゲーム小説の本質に、果たして触れられているのいるだろうかという疑念は、ちょっとあるのですけれど。

 

しかし古橋秀之の「ソリッドファイター」は面白かったですねーとふと*3。そういえば格ゲーを扱った作品が載ってないなこれ。

 

ジェリー・ユルスマン「エリアンダー・Mの犯罪」

 

ツイッター第二次世界大戦の起きなかったパラレルな世界を描いた作品と聞き、興味を覚えて手に取る。古い文春文庫ということでそんなきっかけでも無ければ読むことも無かったろうなぁ…。冒頭、まだ第一次世界大戦勃発前のウィーンで貧乏な画学生がいきなり謎めいた美女に射殺されるシーンから始まるのですが、よく見るとカバー画がまさにその瞬間を描いているんですね。若きアドルフ・ヒトラーを亡き者にすることで結果第二次世界大戦は回避され、時は流れて1984年。ヒロインのレスリーは長らく会わずに居たままだった父親が逝去しその遺産を受け取ると、そこには謎めいた手記とタイム・ライフ版「第二次世界大戦史」なる、起きてもいない戦争の詳細な記録が残され…という導入。レスリーの生きる1980年代と祖母であるエリアンダーの生きる時代が複雑にカットバックされていく中で明らかになるのは、ひとりの人間が時を越えて歴史を改変し、無償の愛のために準じた過去と、そして隙あらばいつでも軌道修正を試みる「時代」の暴力性といったところか。極めて近しいのはケン・グリムウッドの「リプレイ」かな?あれは歴史を改変しようとする人間の主体的行為を視点に据えていたけれど、こちらはむしろ傍観者として一体何が起きたのか、何が起こっているのかを謎解きのように読み明かしていく構成です。著者ジェリー・ユルスマンのこれが処女作だそうなんだけど、どうも他には邦訳された作品は無いようで。

登場人物たちがタイム・ライフ版「第二次世界大戦史」を分析して決してこれが荒唐無稽な作り話では無いこと、実感のある現実として立ちはだかってくるパートではちょっと「高い城の男」を思い出すような高揚感、架空の世界の架空の人物たちの焦燥を現実の自分(僕が、ですよ)が鳥瞰するような不思議な感覚を味わう。このめまい、SFである。

短いカットバックで繋がれる各章の頭には、その世界での新聞記事やニュースの断章が引用され、それもまた面白い。第二次世界大戦が起こらなかったからと言って世界は平和なままでもなく、1950年代のうちにソ連は崩壊し、大日本帝国大東亜共栄圏は1980年代まで持続している異世界というものが、おぼろげながら浮かび上がってくる。

傑作だと思うのだけれど、現在は絶版でまず復刊もしないでしょうからそれは残念ですね。ヒトラー以外にもナチスドイツの高級幹部が生きてたり死んでたりして、その辺の名前に通じてるとプークスクスするところもアリです(笑)

 

大森望・編「NOVA 2021年夏号」

NOVA 2021年夏号 (河出文庫)

NOVA 2021年夏号 (河出文庫)

  • 発売日: 2021/04/03
  • メディア: 文庫
 

 

大森望編集による書き下ろしSFアンソロジー、NOVAも長いなーと思いつつ実際に読むのは初めて。これまで「年刊日本SF傑作選」でNOVA初出というのはいくつか読んでいるけれど、なんでか本巻にまでは手が届かなかった。なんでだろうな?英会話教室みたいな名前だからかな(そんな馬鹿な)

そんなNOVAになぜ手を出したかと言えば池澤春菜嬢初の小説が掲載されているから…なのだけれど、実は以前に別名義で書いてたのを知らずに読んでしかも長年書棚に在り続けていたというのは本当でした。道理で文フリで売り子などされていたわけですなうむうむ。

その池澤春菜嬢初小説は堺三保監督作品映画「オービタル・クリスマス」のノベライゼーションという結構な変化球で、短編映画のノベライズというのもなかなか掲載する場が見つけ辛いものではありましょうね。さきにWEBで先行公開された際にも読んでいるのだけれど、未見の映画の小説化作品というのは判断に困るところがある(笑) 映画では少女だった(らしい)密航者が小説では少年になっているので、何か他にも違いはあるのだろうか?しかしムスリムの宇宙ステーション職員が初対面の子供の幸運と幸福を願ってクリスマスを祝うという結構攻めたシチュエーションにしては、当該人物の言動がどうしても日本人のように見えてしまうというのは、そこは難しいところなんでしょうね。と、言うだけなら楽だな。しかし作家池澤春菜の今後の活躍を大いに願いたいところではあります。メルティランサーのノベライズとか(無理)

 

その他の収録作品では坂永雄一「無脊椎動物の想像力と創造性について」がダントツに良かった。ちょっと「地球の長い午後」を思わせるような蜘蛛SF。酉島伝法「お務め」はいつもの酉島伝法らしさが全然無いおかげで実に読みやすかった。○○○と○○○○という*1、題材的にはありがちなものなのだけれど、ラストの静謐感が良い。ちょっと「アウトサイダー」ぽくもあるのだなー、ラヴクラフトのね。柞刈湯葉「ルナティック・オン・ザ・ヒル」は滑稽で残酷な月面上の戦闘を風刺的に描いてこれも良かったなあ。

 

全体を通じて「なるほどなあ」と思わされたものだけれど、なにが「なるほどなあ」なのかはヒミツだ。なんだよ(´・ω・`)

 

でもこれほんとは2020年夏号なんだよな。去年AERA池澤春菜・夏樹対談で「夏に出るアンソロジーに一本書いている」みたいなことを言ってたものな。

 

 

*1:最近ではマンガでも扱われて有名なネタ

「ガールズ&パンツァー最終章 第3話」見てきました。

まさに疾風、まさに怒涛。まだうまいこと消化しきれていないが、未使用のムビチケがあるのでどこかでもう一度見ておきたい。

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