「ポストコロナのSF」*1に続く日本SF作家クラブ編集によるアンソロジー。前回よりは書き手が若いというか新鋭なのかな?現在から62年先の未来ってまた微妙な近未来ですけど、オーウェルの「一九八四年」から100年後の世界といえば見えてくるものも有るでしょう。閉塞した2022年から未来を描写する作品群。
作家は預言者ではない。予言者であってはいけない。
なぜなら、予言は当たるか外れるかで判断されるからだ。その物語が未来を予測していようがいまいが、どうでもいい。当ててやろう、なんて欲を持った瞬間に物語は失速し、輝きを失う。
まえがきより(池澤春菜による)。だからこの本に収められたものは「未来はこうなる」ではなくて、いまの時間、ここの場所から見た未来視たちだ。現代の日本SF作家が「2084年」という時代に対してどのような視座、展望、パースペクティブを持ち、それをフィクションに投影させたか、というサンプルが集まっている。23本の作品はテーマごとに分類され順列されているので、その順番で作品毎の「あらすじ」「2084年の世界(がどう描かれているか)」「感想」を見て行こうと思う。章立てでは無いんだけれど収録作はテーマごとに分類されているので、収録順に見て行けば結果として分類毎の記述になりますぬ。なお総計19000字を越えたのでくそ長いから続きは隠すぞ。
ところで、堺屋太一に「平成三十年」ってのがあったけど、平成が三十年で終わった時にだれかあれを検証とかしたんだろうかまあいいか。
【仮想】
・福田和代「タイスケヒトリソラノナカ」
あらすじ:《羽衣》というVRヘッドセットの普及した世界で重度の羽衣依存症の入院患者が病院から誘拐される。刑事の真鶴は相棒の田宮と共に捜査に就くが、現実世界では衰弱と貧困で瀕死の状態だった被害者は、仮想世界では名声と資産を有する著名なアカウントだった。誘拐犯人は被害者の親(故人)から生前に依頼を受けたVR世界からの《追い出し屋》で、事件そのものは警察の介入を招いて被害者を現実世界に復帰させる一種の狂言誘拐だったと判明する。
2084年の世界:《羽衣》と呼ばれる仮想現実(それはヘッドセットの名前であり、同時にメタバースの名前でもある)が広く普及している。その他病院や警察にはAIによるインターフェイスを備えた看護ロボット「ボウヤ」など様々なシステムが実装され、警察官でさえリモートワーク勤務をしている(することもある)。また数十年前に大規模な感染症が広がり、全世界的規模で被害が発生した模様。
感想:引きこもりを部屋から出したほうが良いのか悪いのか、幸福は現実と仮想のどちら側にあるのか。話としてはそういうことで、驚くほど普通だった。でも冒頭に掲げるにはこれぐらいでちょうどいいのかな。《羽衣》内で得た仮想通貨はどうも一旦リアルマネーに返還しないと使用できない設定のようで、そこは気にかかった。ベテランと若手のコンビで刑事というのも普通だけれど、主人公が80歳近い高齢者で現役の警察官なのは今後のエンターテインメントの在り方を問われるものかも知れない。
・青木和「Alisa」
あらすじ:サポートAIアシスタントネットワーク「Alisa」によって社会全般が支援されている世界。主人公はそのAlisaを開発し現在は一線を退いている女性(60代)。ある朝Alisaネットワークの不調に気づきながらも、亡母の命日に墓前に花を添えて帰宅すると、自宅と周辺のAlisaはダウンして室内に誘拐を試みる不審者が侵入していた。執拗に仮想現実を否定する侵入者と会話しているうちに、その一人がかつてAlisaネットワークが大規模に導入されるきっかけとなった連続放火事件犯人の弟だと気づく。侵入者に刺されて意識は朦朧となり、Alisaネットワークが復旧しても、現実と仮想の境界線は霞んで見えない。
2084年の世界:Alisaというひとつの強固なネットワークがおはようからおやすみまで人をサポートし管理している世の中。着替えのコーディネートもバーチャルペットもすべてひとつのシステムで管理され、1個の端末を天井裏に配置するだけで部屋中に3D映像を投影できる利便性がある。また、数十年前にHIP(ヒト感染性腹膜炎)のパンデミックで多数の死者が出て、Alisaはそのときに母親を亡くした個人的な経験から生まれ、やがて世界に広まった。主人公はテクノロジーの恩恵を存分に受ける立場だけれど、その視界に入らないところで貧富の格差が広がっている気配が見える。
感想:「ものぐさトミー」という絵本を急に思い出した。オートメーションに頼る危険性は古くからのテーマでもある。死刑囚の弟がシステム開発者に恨みを持つのは、Alisaシステムによってプライバシーが保てず社会に居場所を無くしている様子で、ややディストピア風味でもある。仮想流行りの社会における現実的な生と死は大きな主題のようで、墓前に捧げる生花を(生体認証出来ずに)現金で購入するシーンが妙に印象的。ところで2人いた侵入者の年上の方は結局どこへ行ったのか。状況だけ説明してその後の展開に不要だからか、いきなり退場してしまった…。
・三方行成「自分の墓で泣いてください」
あらすじ:仮葬空間で泣き女を務めるバンシーと葬儀の最中にサプライズ登場したニンジャがゾンビと戦ったりニンジャの生前を模索したりバンシーの身の上を語ったりゾンビと戦ったりする。
2084年の世界:仮葬空間なる葬儀専門?のVR空間が運営されている。生前(葬儀)に十分な金額を払っておかないと死後同一性保護を受けられずデータを改竄されたりする…らしい。全編が仮葬空間内で進行するストーリーなので世界の全体像は俯瞰されない。
感想:仮想と仮葬で掛けた駄洒落だからしょうがないんだろうけど、素直に火葬すればよいと思った。「不自由な来世とそこからの脱却」みたいな話に感じたけれど、ちょっと自分には合わなかったなー(´・ω・`)
【仮想】グループは3本、うち2本は現実と仮想との境界のゆらぎという、ある意味定番な主題だけれど、主人公がどちらも高齢者だったことが興味深い。
【社会】
・逢坂冬馬「目覚めよ、眠れ」
あらすじ:人工睡眠システム「アウェイク」によりほとんどの人間が睡眠をとらずに30分間人工の夢を見るだけの社会で、主人公のリオ(高校生)は1億分の1の確率で生じる不適合者となり、日本でただ一人8時間の人工夢を見ている。その中で繰り返し自殺を試みるが当然夢の中なのでそれは叶わず、度々自分の夢に現れる同年代の少年カズキが、実は十数年間アウェイクに繋がれたまま意識が覚醒しない状態だと知る。2人の少年の存在はそれぞれの家族にとっては負担であり、社会にとっては邪魔である。理想社会の現実を暴いたカズキとリオは人類にアウェイクの破棄か没入かの選択を迫るメッセージを発し、2人を除いた(ほぼ)すべての人類はアウェイクの中で永遠の眠りにつき、無人の世界で2人の少年が目を覚ます。
2084年の世界:アウェイクというシステムで、人は30分だけ人工的に睡眠をとれば8時間分の休息を取ったのと同じだけの精神的・肉体的回復を得ることが可能となり、それが全世界的に普及している「無眠社会」。その実態は総人口を6千万人にまで減少させた日本が主軸となって先進国が作り上げた超高度生産性社会であって、本来睡眠で得られるはずの8時間はすべて社会的な生産活動に従事させられる。働けなくなった高齢者は安楽死を推奨され、アウェイクに適合しない人間は公共の敵扱いされるようなディストピアである。
感想:「そうして人類は永遠の眠りについた」エンドだったんで、さなコンじゃん!と妙に親近感が湧く(笑)独ソ戦百合小説で本屋大賞受賞の著者が次に手掛けたのが少年2人のブロマンスだというのは興味深いところです。アウェイクへの接続時間が長いほど人工夢を自在に操れるという理屈で、カズキは世界レベルでシステムを乗っ取るのだけど、唐突過ぎる気もする。もう少しボリュームあってもいいのか、そういうことでは無いのか…?しかしディストピアが政治思想ではなくて労働時間と生産性で語られ、福祉を受ける人間が害悪のように扱われる社会というのは、いかにも2022年の日本SFって感じだ。
・久永実木彦「男性撤廃」
あらすじ:すべての男性が冷凍保存され女性だけの世の中になった社会で、主人公の惣木は男性を凍結保存する施設「徳丸コキュートス」に勤務している。ある日地下冷凍カプセルのひとつに事故が発生し一人の男性が目覚める。職員たちは加害性・暴力性の高い男性を恐れつつ制圧・再凍結に赴くが、当の男性は穏やかなまま再凍結処置を受け、「よりよい世の中になりましたか?」と問う。その問いかけは惣木の心を揺さぶる。
2084年の世界:第三次世界大戦で窒素爆弾が用いられ、世界人口は一度21世紀初頭の1/6まで減少している。復興にはAIによる人類の指導が行われ、世界から加害性を取り除くためにすべての男性は凍結処置を受けることとなった。生殖は女性のみで可能となり、子供は人工子宮から生まれるようになっている。地形や行政区画、国家体系なども戦争によって大変動し、東京湾が現代より北西に広がり、徳丸(現代の東京都板橋区)あたりが海岸線となる。行政はすべてAIの指示によって活動し、すべての成人(女性)は3年に一度AIの適正検査によって職場を異動する。平穏な社会のようだけれど人は小動物(小鳥など)を模した個人防衛用品を携行している。なお基幹エネルギーは原子力発電らしく、当代の日本である「青(B)連邦第八行政州」だけで150基近くが稼働している。
感想:ディストピアもの、なんだろうと思う。ある種の方々に於いては楽園に見えるのかも知れないが。「よりよい世の中になりましたか?」と問われて「よりよい世の中になったに決まっている」と、惣木は自分の信念を再確認して話は終わるけれど、読者の視点・視界とのズレを楽しむ作品なのでしょう。だいたい蕎麦屋が「林檎の天麩羅」を出して話題になるってそれはどんな地獄だw
・空木春宵「R__ R__」
あらすじ:ロックミュージックが禁止された世界で私(女学生、おそらくは中学生ぐらいの年頃)はマウジーと出会い、本物の音楽を教えられる。廃墟で踊り地下のライブハウスでシェイクし二人の絆は強まる。愛でも恋でも友情でもないその強いきずなを結んだ直後、マウジーは更生省に引き渡される。私はやがて大規模な反体制グループのリーダーとなり、世界をビートで震撼させる大地震を引き起こす。
2084年の世界:舞台はイギリス。世界規模の大震災とその後の無秩序を経て、ひとは「B・B」と呼ばれるナノマシンインターフェイスを体内(脳内?)に取り込んでいる。本来は健康管理と記憶容量増加のためのシステムだったものが、ひとの思考から「責任」を奪い、すべてを受動的に思考し行動化させる、極めて統制化された社会が構築されている。ロックミュージックは禁止され、「拍動警察」と「更生省」が取り締まりと再教育を主導する。
感想:これはヤバい。何がヤバいって内容を完全に読解できたとは言い難いのにはっきり「これはヤバい」と判るので、内容を完全に読解出来る人(それは古典SF小説とロックミュージックの知識・センスを兼ね備えた読者だろう)にはどれだけ響くのか見当もつかない。デヴィット・ボウイの詞が大量に引用されているそうだけど、そこが全然わからん。それでもわかる。これはヤバい。あらすじだけ見ればシンプルな物語なんだけど*2、こんな表現がまだ活字で、紙の本で出来るとは思わなかった。ストーリーにはコード進行が譜され、本文には自在にルビが振られて「二重思考(ダブルシンク)」が反逆のビートとして記される。神林長平が「言壺」で成し遂げた勝利*3に、高らかに反旗を翻す拍動がたぶんここにはある。愛でも恋でも友情でもない強いきずな、それは「バンドメンバー」。 ユーロビートならぬ百合ビートが、世界を作り変える。
I will, I will Rock You !
【社会】の3本、「オーウェルの『一九八四年』を基に2084年の世界を書け。お前のテーマは【社会】だ」といわれてハッピーパラダイスな社会を書くはずがない。作家とはそういうものだ。ブラック労働、敵対的ジェンダーイズム、自己責任論。どれも現代の日本が抱える病がSFという手段を通じて外挿的に投射される。思弁小説ってそういうことです。
それぞれのテーマって指定されたものなんだろうか、それとも自発的な執筆なんだろうか?そしてここまで男女間の恋愛ストーリーが全く無いのはちょっと驚く。
<追記>やはり執筆内容は作家による自発的なもので、テーマ別の振り分けは寄稿後編集部で行ったそうです。早川書房塩澤快浩氏twitterより。
【認知】
・門田充宏「情動の棺」
あらすじ:天羽真白(20代前半程度の成人した女性)は4年ぶりに養保(養育保護者)である樫海桐人(62歳の男性医師)とバーで会う。自分自身と義理の妹たちの近況を話し、長姉の紅緒のことをつたえるや養保は首筋にナイフを突き立て自殺する。情動制御管理装置「イーコン」によって感情が抑制される社会では誰もかもが冷静に事態に対処するが、真白はイーコンの有害事象調査官の取り調べを受ける。取調室で明らかになったのは真白ら5人の姉妹が本来は違法であるはずの幼児のうちにイーコンの施術を施され、感情を抑制されて養保に無償の愛を奉仕させられていたことであり、成人年齢に達するとイーコンが不適応になることだった。その事実に気づいた紅緒は自殺していて、それを伝えられた養保も追及を逃れるために自殺を図った。真白も既にイーコンの感情抑制からは、外れていたのだ。
2084年の世界:「この百年間何度も繰り返されたパンデミックとスーパー耐性菌」により日本の総人口は減少している。移民を受け入れ、子供の養育は実親ではなく親権を公的機関に譲り渡し(出産補助金を受け取り)、国が定めた養育保護者によって育てられる制度が一般的になっている、社会的ストレスを緩和するために、人にはイーコンという脳にチップを埋め込んで情動を制御するシステムが埋設施術される。普及率は7割ほど。
感想:イーコンは洗脳ではないとあったけれど、どう見たってこれは洗脳だ。それは著者も読者も、そして登場人物も解ったうえで物語が紡がれているのだろう。ミステリータッチの構成ではあるけれど、謎解きというわけでもない(なにしろある重大な出来事が意図的に読者からは隠されてストーリーが進んで行く)。ロリペドが責められて自殺する話なんだけれど、幼児性愛が肉体関係ではなくあくまで精神的奉仕なところが、感情をテーマとする物語には合っていると思う。
・麦原遼「カーテン」
あらすじ:冷凍睡眠から目覚めた私が32年後の世界で、ある種の喪失感を覚えて、なんだかんだで生きていくような話…だと思う。この「あらすじ」にはまるで自信がない。
2084年の世界:一度に四百余名の人間が脳神経に損傷を負うような「事件」が起きた32年前の当時に冷凍睡眠を施された人間を恢復し、入眠時は治療できなかった医療処置を行うことが可能。数学の領域では「自動で、真である命題を探索および導出するようなシステムが活動している」らしい。日常生活はさほど現代と変わりがないが、ネットワークとインターフェイスはVR方面で進歩している模様。
感想:自分は数学が苦手である。別に数式が飛び交ったり専門用語が羅列されている訳ではなく、極めて平易な日本語で記されているにも拘らず、一体何が起きてるのだかひとつも要領を得ないという極めて珍しい体験をした。主人公が何にコンフリクトしそれをどう克服したのか、あるいはしなかったのか、よくわからなかったので。とはいえ、捉えどころの無さは意図的なものだろうと思われる。語り手と手記執筆者の入れ子構造、そもそも脳神経に損傷を負わせた「事件」も(詳細を記述する意味も理由も無いのだろうが)不明瞭だ。そしてこの話、主人公の性別も年齢(年代)も明記されていない。この作品を読んだ人がどのような「主人公像」を描いて読みすすめたのかはちょっと興味がある。個々の読者の性別や年齢で、きっと違いが出る。カーテンの向こうには、何が見えましたか?
・武田人造「見守りカメラis watching you」
あらすじ:娘のカオルに会うために老人ホームから幾度となく脱走を試みる元タクシー運転手佐助(92歳)。毎回ドローンに搭載されたAIの口車に乗せられて失敗に終わる。ベトナム生まれのもと声優グエン(83歳)を相棒に新たな計画を練り、重要なのは自分のなかに物語、強い物語を持つことだと認識する。施設長のゴルフカートを奪って遂に自宅に辿り着くが、待っていたのは老人ホームの施設長、男性化したカオルだった。2人は和解し亡き母への墓参を約束する。散骨だったけど。
2084年の世界:ほぼ老人ホームしか出てこない話なのだけれど、そこは1人の施設長がいる以外はすべてドローンで無人化された運営がなされている。タクシーも自動運転化が導入され、日中の市街地はほとんど人通りがない(これは人口減少か立地条件によるものかはわからない)。医療面は大変進歩していて若返り以外大抵のことは再生医療でなんとかなる、髪の毛一本からでも子供は作れる。との記述。
感想:遂に老人を主人公に据えて老人問題を正面からとらえた作品来たー!と思ったらオチで性自認テーマでもあったと、それはやられた感がある。とはいえ、今後日本社会の年齢構成を考えたら、エンターテインメントとしては避けて通れない道だと思うぞ老人もの。アクションしようにも「二人にとって走るとは、三秒に一歩踏み出すことだった」とかそんなんだけどな!「お爺ちゃんじゃねえ、俺はまだ九十二だ!」「八十三とまだ若いこともあり」などとパワーワード炸裂だけど、これ書き手も読み手も決してその年齢じゃないから笑い飛ばせるんだろうなという気はする。
・安野貴博「フリーフォール」
あらすじ:量子ネット上で10の8乗まで意識を加速させた世界でチェスに興じている退役軍人のぼく(退役しているけれど年齢的には若い、おそらく20代男性)のもとに、実世界で暮らす彼女から連絡が入る。ぼくは彼女と同じ速度域まで加速を落として彼女に別れを告げる。ぼくはいま要人警護中のトラブルで超高層ビルから飛び降り落下中なのだ。大統領を狙った暗殺者を撃つべく自殺的行為に志願したぼくには大量の退職金が支給され、それでぼくは残りわずかな時間を加速されたサーバーの中で楽しみ死んでいくことにした。しかし彼女から妊娠を告げられ動揺するぼく。そんなぼくに10の8乗加速サーバー内で出来た友人カルロスは、激突時の生存確率を高める外科手術を提案する。ぼくはドローンのレーザーで腕を切り落とし、突き出た腕の骨で心臓を守るべく、自らの身体に突き立てる。
2084年の世界:量子ネット上のVR世界で意識を加速させる技術が普及している。高加速即ち高速度計算のためには費用が掛かり、技術的には最大で10の8乗倍まで加速できるがそれを使えるのはごく一部の富裕層に留まる。主人公の国と某国との間で平和条約締結の会合が設けられ、それに反対するグループが存在する。
感想:男女間の恋愛が取り上げられる話がようやく出てきた。加速されたサーバーのなかの仮想的な意識が主となる物語であっても、主人公に決断を迫るのは常に実世界の血肉を備えた生命、生と死であって、自らの痛みを認識してわずかな可能性に賭けるラストもキレが良い。物語のメインではないけれど(ストーリーの中では大きな意味がある)、要人襲撃の場面で意識を加速された兵士が、さらに高加速された上官の指示に従いチェスのコマのように動く戦闘シーンも◎。チェスとチェスの駒は全編でアイロニーのように使われる要素でもある。自分が単純にこういう話が好きだからってのも大きいけれど、これはなかなか面白い1本だった。しかしこの話で一番ガッツの有るキャラは大統領だろうなあ…
【認知】の4本。認知ってなんだ?それはSFになるのか?なります。というような感じで、進歩した社会の中で自分自身の在り方を問うような話が主だったように思う。わからないのは「カーテン」で、この話をどう【認知】したのか、謎は物語の外にありそうだ。
【環境】
・櫻木みわ「春、マザーレイクで」
あらすじ:マザーレイクと呼ばれているかつての琵琶湖に浮かぶ島に住む朔(小学生男子)はある日図書室で『一九八四年』という本を見つけ、登場人物を真似てノートに日記をつけ始める。友達(女子)のモモは長崎の軍艦島の本を発見する。過去と現在の間に何か大きな断絶があることに気づいた二人は図書館の本を調べるが、そんな事とは無関係に、島の外にもう人はいないことがあっさり説明される。<完>えっ。
2084年の世界:2020年に感染症の流行がはじまり、その後の蔓延と戦争、そして「厄災」によって琵琶湖の外には人類がひとりも存在しないらしい。厄災なるものが何なのかは一切説明されない。島内の人間は琵琶湖の水産資源を利用して完全循環社会を構築しているけれど、世界の実情については子供に教えていない。漁船はAIで運行され、島で実際に船を動かせる者は1人の老人がいるだけだ。
感想:これで終わりなのか。ってヘンな声が本当に出た。あまりにもあっさり、何も提示されずに終わってしまう。琵琶湖の中の島といったら沖島というのが一番大きい*4けれど、ここに数千人も住み着いて循環社会を構築するには余程島を広げるか人間が小さくなるかしないと無理じゃあるまいか。実は「人間が小さくなっている」話*5じゃないかと思って読んでいたんだけど、全然そんなことは無かった…。まあ、子供の視点を使ったことで、本当はどうなっているのかは明らかにされない話だし、島の外への希望を捨てないエンドではあるのだけれど。ところでマザーレイクから食料資源を得ているという描写で「鮒寿司」が出てきたけれど、コメはどこで生産してるんだ?
・揚羽はな「The Plastic World」
あらすじ:宇宙開発を志していた松嶋(2084年で50過ぎの男性)は、プラスチック分解細菌により崩壊した都市から地方(どうも群馬県あたりだな)に移住し養蚕を基礎に文明の立て直しを図る。当地で出会った母娘と親交を深め、ひょんなことから「電気を通じさせる蔦」を発見する。再婚した松嶋は義娘の行く先に希望を見出し、物語から半年後には連絡の途絶えていた火星基地から通信が届く。
2084年の世界:海中のプラスチックをすべて溶かすプラスチック分解細菌が2065年に地上に上陸、瞬く間に文明を崩壊させる。世界の人口は1930年レベルにまで減少し人々は都市から地方に(強制的に)移住して文明の復興を目指す。2084年現在、蚕を用いた食糧生産は軌道に乗り、太陽光発電システムの跡地では電気を通電させる蔦が発見される。軌道エレベーターの開発は頓挫したが、月と火星への植民は行われていた(プラスチック分解細菌の汚染を避けるために地球とは隔離され、火星植民地は2084年まで存続していたことが明らかになる)
感想:世界からプラスチックが無くなるというのはかなりの重大事案で、海中のプラスチックを全て分解する細菌を生み出したら、それが地上に蔓延するのを待つまでもなく人類の文明を崩壊させるような気がするがそこは流そう。コロナのメタファーだろうという気もするし。2084年の世界でプラスチックを一切使わずに自動車が作られているのは、きっと昭和初期みたいなクルマなんだろう。タイヤもなんか新素材のアレなんだろう。長期にわたってメンテナンスされていない太陽光発電装置が全く劣化せず発電能力を維持しているのは、おそらくベースとなる技術が現代よりも底上げされているためだろう。そこで唐突に希望が発見されるのも、まあそれもいいでしょう。でもこの話の主人公がただただ状況に流されてるだけの人にしか読めないのは、それはいいのだろうか?
・池澤春菜「祖母の揺籠」
あらすじ:海中で直径50mほどのくらげを逆さにしたような姿をしているわたしは、現在は「祖母」と呼ばれる、水棲に適応した新しい人類を胎内で30万人ほど育てる一種の生態プラントだ。すでに第三世代を孕んでいるのでいわば「30万人のお祖母ちゃん」でってラファティか*6。そんなわたしもかつては地上に暮らす人間だった。海底火山の噴火で浮上してきた潜水艇の残骸、それは潜水艇ではなく旧世代の祖母であり、わたしの故郷である日本で作られたものだった。それを見てわたしは2084年、自分が祖母の適性検査に合格した時代を回想する。温暖化と海面上昇で変貌した日本で暮らす当時24歳のわたしは、避難先で配給物資を受け取りながら自分が「祖母」となることについて深く悩…まない。ちょっと気になる男性もいるが、お互いスパッと小気味良く決断し、海は海、陸は陸で頑張っていくことになる。それから24年後の今、海の中にいる私は新世代の人類の揺り籠となって、いつかもういちど自分の子孫が地上に戻り、桜の花の見られる日が来ることを願う。
2084年の世界:この話はちょっとテクニカルな構成をしていて、語り手である「わたし」が海中に居るいまはもう少し先の時代で、2084年は回想シーンとして出てくる。いまの科学力は2084年よりは進歩しているのだろうけれど、2084年の世界でも人体を改造してポストヒューマンの母体とする技術は確立されて、それは「海の子供たち計画」と呼ばれている。2084年の段階で地球の温暖化・気候変動は激しく、日本に於いても日中は外に出られないし、大都市は海面上昇で水没している。大型台風も例年のように襲い、甚大な被害を及ぼす。いまの時代(おそらく2108年と思われる)には海底に「図書館」や「ラボ」があり、人類の文明や記録がデータ保存されているらしい。地上がどうなっているかは不明。
感想:紹介ページに「SDGs」というワードが用いられていたので、そこに引っ張られて読んだ感はあるのだけれど「持続可能な開発目標」の中には「人間が人間のままでいる事」なんてひとつも書かれていないのだなあとか思うわけです*7。ところで「シン・仮面ライダー」はキャッチコピーによると「人間が人間のままであるためにショッカーと戦うことを誓う(直訳)」んだそうで、もしかしたらあの映画はそういう話になるのかなと、これは脱線。人間が人間ではなくなる、それも女性に限る。というのは大きな社会問題を引き起こしそうなものだし実際そういう記述もあるけれど、自発的にそれを選んで飛び込んで行く「わたし」は、ちょっと格好良い。いかにも恋愛関係になりそうな男性キャラクターが出てきて、しかしそうはならずにお互い別の道で、それぞれの立場を守って行こうとするのも、ちょっと格好良い。「海は任せた、陸は引き受けるね」「海は任された、陸は頼んだよ」この気風の良さ、かな?桜のイメージに引っ張られて、人身御供とか海彦山彦とか結構日本的なモノゴトを連想したりだ。回想にさらに回想を重ねがけして「説明」のパートを小学校の先生と生徒の質疑応答というかたちに落とし込むのもまた、テクニカルな構成ですね。それでこれ、本文を2度読んで気が付いたんだけど、海中に居る祖母としての「わたし」は著者と同年齢で同じ性別だ。それはなんかすげーな。著者は演技者としても高名な人物だけれど、書くという行為もまた演じるということなんだろうなと、そんなことを思いました。過度に投影するのも、あまり良くはないけれど。
<追記>
物語の中で2084年パートに登場する「あの人」が特に性別を明らかにしていないので、女性だと思って読んだとの感想を見て再確認。なるほど「顎の線が硬質できれいで、好ましかった。」とあるだけで特に男とも女とも書かれてはいない。会話にも性差を感じさせないよう配慮はしてある。男性キャラと思い込んだのは読みが浅かったかもしれないなあ。とはいえ、この話「海と陸」や「今と昔」など、色々なものが対比されて書かれているので「女と男」で対比されてる方が自然ではないかなーとは思います。いずれにせよボールは読者に投げられている。やはりテクニカルなことではある。
【環境】3本。環境の変化というのは読者にとって比較的受け取りやすいテーマかな、と思う。それが決して単純な楽園とはならないだろうことも、受け手の中にそういう「受け皿」が出来上がっているような気がする。それが現代であって、我々はもう「ラルフ124C41+」みたいな夢を無邪気に見ることは出来ないんだろうなあ。
しかし環境が変われば人の認知も変わるものだし、それぞれの作品のテーマは重なり合うところがありますねと、ここまでの気づき。
【記憶】
・柏谷知世「黄金のさくらんぼ」
あらすじ:冬の北陸地方(とは限らないが、恐竜の化石が出るところ)。氷雪を逃れて駅前の私設博物館、「光学機械博物館」に入り込んだぼく(性別年齢ともに不詳だが、男性のような印象を受ける)は初老の館長自らによって館内を案内される。カメラ・オブ・スクラから始まる光学機械の歴史は記録媒体の歴史でもあり、それは一種のタイムマシーンであると館長は説く。ぼくは「サクランボ」と呼ばれる2020年代に生まれたペンダント状の機器に記録されていた映像を見る。それは子供の視点から見た母親の映像だ。館長はサクランボがどれほど世に広まり、そして廃れたかを説明し、この映像は装着者である子供を亡くした母親が、20年間見続けていたものだと言う。雪は深まり博物館に泊まることになったぼくに、館長はその母親というのは自分の母親で、死んだ子供は自分の弟であると告げる。全世界規模でサクランボのデータクラッシュが起き、直後に亡くなった母が残したデータを館長自身もまた、見ていた。
2084年の世界:「ブレインブースター」と呼ばれる脳の活性化装置が、外科手術やインプラントではなくピアス状の機器として普及している。脳の特定部位を刺激して化学物質分泌させ、効率的な脳の仕様が可能になる(あまりストーリーには関わらないが)。また感情を信号として受信することが出来、人の悪意を警戒することが可能。主題となる「サクランボ」は2084年には廃れたデバイス。全世界的に普及したがあるとき事故でデータがクラッシュし、そのことがブレインブースターの普及につながる。いち私企業にデータを預けることの危険性は、現代(2022年)のネット事情の危うさを感じさせる。なお家の暖炉には火がくべられてシチュー鍋が掛かり、鉄道は普通に雪で止まる。
感想:未来の世界を舞台にしているけれど、お話の舞台がレトロな器具を扱う博物館なので、何か不思議な感じは受ける。記録媒体の歩みを振り返ることで社会の変化が感じられるのだけれど、話のテーマは人の記憶だ。器具や社会は変わっても人は変わらない。たぶん、これはそういうタイプのお話。
・十三不塔「至聖所」
あらすじ:元画家で美術研究者でもあった角南は、現在は部下の真淵(年下の女性)と二人で記憶修復家として、夭折の天才歌手異相きあろ(享年27の女性)の記憶復元作業に務めている。生前のきあろの記憶はファンクラブ会員に無償で開放され、ファンの間では聖地巡礼が盛んである。きあろに楽曲へのインスピレーションを与えた記憶の中の謎の男の正体を探るうちに、角南もまたきあろの記憶をたどる巡礼のような、混濁した生活を送る。やがて明らかになるのはその男こそかつて画家の夢をあきらめた角南本人であり、きあろは角南の捨てられた夢を拾い上げていたのだ。記憶ではないきあろの脳は熱狂的なファンである真淵に移植されていて、再び角南のもとから去る。角南はもう一度画業に戻ることを決意し、真淵=きあろを探す旅が始まる。
2084年の世界:人間の記憶をデジタル映像に復元する技術が確立されている。とはいえひとの記憶は混濁したものなので、それを最適化するためには記憶修復家による作業が不可欠となる。アドビソフトで編集作業を行うような感覚で記憶は復元され、当人の希望によって他人に開放されるが、それがどこまで一般的かは不明。音楽はカセットテープ状の形態をした、レーザー彫刻されたテープで記録されている。また2084年でもスペイン風バルではグラスとストローで飲料が供されタラのコロッケとか出てくるが、恐ろしいことにアルコール度数3%以上のものは禁止されている。ディストピアである。
感想:これはクリエイターの話だ。何かを創り他者に影響を与え得る人間の話。音楽、歌、人の声は空気を振るわせて動き、空気が動けばそれは虚ろな人間の中でも共鳴する。共鳴して、そして外に出てくる。「人間の記憶は信用ならない」ところから始まり真相が究明されていく謎解きは、「人間を扱った小説はすべてミステリーだ」みたいな文言を想起させる。存在自体がミステリーって富士ミスか。真淵のキャラが素敵で、おれにもギターでバイブスを(物理的に)注がれたいようなアーティストはいます。わかります。
・坂永雄一「移動遊園地の幽霊たち」
あらすじ:シティを抜け出し空想上の弟とともに移動サーカスのテントを目指す12歳の「君」。辿りついた先はトレーラーを用いた移動式のサーカスならぬ移動博物館で、且つての博物館の廃墟の中で老人の館長が残された遺物を回収する作業に従事している。君は猿の頭蓋骨と思しき標本を掘り出し、それが私だ。君はこの博物館で様々な体験をし、これをVRエンタメにしようと空想上の弟と共に帰路に就く。私は自由に空を飛び『会社』のドローンに牙を立てる。
2084年の世界:日本は経済崩壊し『会社』が支配するシティの外には廃墟が広がっいている。『会社』は世界に12個存在する巨大企業グループで、エンタメ部門では様々なものがヴァーチャル環境として提供され、過去の文化的実体は失われ変貌している。
感想:これはストーリーというよりは描写を楽しむタイプの小説だろうと思う。冒頭にオーウェルの「一九八四年」とブラッドベリが引用されている*8ことから、語り手の記述はそのまま信用してはいけないものと思われる。二人称で君に語り掛ける「私」はタイトルにもある通り幽霊なのだろうが、ではこの話は幽霊が実在する物語なのかと言われれば、おそらくそれは違うだろう。
・斜線堂有紀「BTTF葬送」
あらすじ:映画には魂があります。名画と呼ばれる映画には魂が宿り、駄作にそれはありません。最近の映画が駄作ばかりなのは魂が名画の中に残り続けているからです。ですから、これから毎年古い映画を焼こうぜ!輪廻転生だぜ!!さあ今回は1984年の名画でーす!!!そういう世界で私こと矢羽(80過ぎの男性)は当日偶々知り合った町川と共に「ネバーエンディング・ストーリー」を観ることになる。お互い持病を抱えていて、これが最後となる上映には全財産をつぎ込む所存だ。さて上映開始となるところで壇上に若い女(「レオン」のナタリー・ポートマンを思わせる描写)が現われ、映画の葬送をやめないと劇場を爆破するぞと脅しをかける。そんなことより映画が見たい私は、自分の車の中に来年葬送予定の1985年の名画のフィルムが積んであると彼女に伝える。何を隠そう私の仕事はフィルムアーキビスト、名画のフィルムを修復する作業者だったのだ。公的機関に供出しチケットと交換しようと思っていたフィルムと車のキーを差し出して、私は女に逃亡とフィルムの保護を依頼する。女が向かった先、1985年の名画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のフィルムも積んであるその車は勿論――
2084年の世界:名画は焼かれる駄作は残る、これも酷いディストピアだ。2060年代に感染症騒ぎが起こり、それが国家体制を変え映画にも打撃を与えたと言われる。なおこの世界ではいわゆる84年版の「ゴジラ」が1985年に公開*9されたそうなので、たぶんこれはマルチバースのパラレルワールドだ。
感想:かなりトンデモな話なんだけど、語り手の落ち着いた文体が何かイイハナシダナーに昇華させている謎の感動。古典が焼かれる場所に病身の老人が集まるというのは安楽死を推奨する空気が醸し出されて、全体主義社会の怖さにも通じるものですね。しかし「アタック・オブ・ザ・キラートマト」なんて傑作は真っ先に焼かれてしまうぞこの世界*10。
【記憶】は4本。記憶と記録は違うもので、記録を扱っていながら実は記憶の話である。という傾向が見える…ような気がする。例え記録が変なモノでも記憶はそれを美化させるもので、一個人の記憶を記録しても、記録媒体を通して他者がどう受け止めるかはまた別の話なのだろう。
【宇宙】
・高野史緒「未来への言葉」
あらすじ:私(小娘と自嘲する女性)は月から地球へ貨物を運搬する宇宙船のパイロットだ。上司から急に依頼されて通常なら20時間かかる飛行を18時間で行えと厳命される。地上では難病に罹った僕(青年男性)が半ば諦めの境地で新薬の投与を待っている。宇宙船の運行も新薬の開発も基本はAIが計算する時代だけれど、AIは危険を冒さない。AIはまず安全を取る。故に、どれほど技術が進歩しても人間の手は必要とされる。私も僕も自分自身の存在はただ一人のものでは無く、様々な人々の支えがあって成り立つことを思い、やがて宇宙船は無事に着陸し新薬が投与される。僕は私に、私は僕に、お互いが未来へ向けるべきひと言を伝える。
2084年の世界:月と火星には人類が進出していて、宇宙船による物資運搬が行われている。基本はAI制御による自動航行だが、安全性を無視して運行する事態にあっては人間の飛行士が操縦を行う。医療技術は発達しているが克服されない難病(それがどんな病気であるかは明示されない)もあり、その治療に宇宙の超低重力空間で製造された新薬が投与される。宇宙船(貨物船)は単独で月から発進し大気圏に突入、飛行機のように着陸するスタイル。
感想:月と地球の位置関係で通常なら20時間かかる運行を18時間で行うために、通常より危険な軌道を飛ぶのだけれど、割とそこはさらっと書かれている。叙情的なお話で叙情的な良さがあり、未来へ紡ぐシンプルな言葉は胸を打つ。谷川俊太郎に「朝のリレー」という詩がありますが、なんとなくそれ。
・吉田親司「上弦の中獄」
あらすじ:2084年、月面都市天成都で主人公のイアン・イーヌオ(漢字が出てこないが、女性である)は同衾契約を破棄して別れた元パートナーのジョウ・ウーハン(漢字が出てこないが、男性である)のもとを訪れる。餃子屋台での2人の会話の最中に度々中国の勝利の歴史が放送という形で語られ、この世界では毛沢東が21世紀に現れて共産主義統一世界国家を樹立したことが明らかにされる。天成都の常温有機物転換炉への予算急増と、対照的にゼロにまで減額される連絡艇ドッキングポートの改修費用。その行政予算の不審を第二市長補佐官筆頭であるジョウに問い質したイアンは、しかし即座に処刑される。一方その頃地球では、毛沢東が異星人ビジター(漢字が出てこないが、異星人である)の捕虜であるダイアナと会食し、次回の侵攻について話し合っている。食人を行うビジターに対して用意されたエサこそが天成都の真の姿であり、毛沢東は「けざわあずま」なる日本政府が荒廃した中国に派遣した復興大使だった。
2084年の世界:1884年の清仏戦争で清国が勝利して以来、あらゆる戦役で中国が連勝し世界を統一した時代、異星人の襲来さえ退けて月面には恒久性自律型月面都市「天成都」が建設されている。男女間には結婚ではなく同衾契約が結ばれ、一定の期間生活を共にして生殖活動が行われている。屋台のオヤジはロボットである。日々定期的に党の公式見解である中国支配の歴史が放送されているが、すべては欺瞞で実態としての中国は前回の異星人の侵攻で大打撃を受け、復興大使が日本政府から派遣されている。国連的な上部組織があるかどうかは不明。
感想:これは結構センシティブな話だなあ…中国が支配する世界(という設定)の月面都市を舞台にしているので、簡体字を用いた単語が頻出する。ルビはあるし読むには困らないけどブログ書くときに困るぞ(笑)そのことは実は最後のオチに繋がっているので、読み難さもまたひとつの機能ではある。お話の元ネタはTVシリーズ「V」なのだそうで、だからビジターなんだな。
・人間六度「星の恋バナ」
あらすじ:巨大化した女子高生が怪獣と戦う。恋もしちゃう。他に何かいりますか?え、いるって?しょうがねえなあ。BBと呼ばれる何か量子的な怪獣に地球は襲われていて、それと戦えるのは全高23kmの巨鋼人ガイアントと呼ばれる兵器だけだ。これはロボットではなくてプロテクターを装着した女子高生を何か量子的なアレで巨大化させたもので、パンチラは無い(・ε・)チェー あれだな、合体しないダイアポロンを電エースぐらいデカくしたよーなものだな。まあともかく、怪獣をブン殴ってるうちに量子的なアレで怪獣の声が聴こえて、高子(おっと高子ってのはヒロインの女子高生の名前だ。身長175cmの陸上部員だ)は量子的なアレで木星に飛び、BBとのコミュニケーションを図る。「BBも恋してるんだ(キュン」となった高子はBBへの攻撃を中止させ、繭からは脱皮を終えて超巨大になったBBが出現し月を飲み込み、その後BBがどうなったかというと、実は、まだ月に居るのです。今後増えます。先輩LOVEです。
2084年の世界:量子的なアレで女子高生を巨大化させる《高次影絵》というシステムが稼働している。女子高生に限らないけど若くないとダメよ。高校の購買ではイカメンチ明太パンと焼きそばパンに定評がある。
感想:(゚∀゚)o彡゜巨女!(゚∀゚)o彡゜巨女!他に何かいりますか?ああそうね高身長女子との身長差カップルはいいね、実にいいよ。おまけに低身長男子の方が先輩なんだよグーですよグー。SFは絵だねぇ。実に絵だねえ。本文記述は女子高生を巨大化させる理屈と量子怪獣BBの正体や目的に結構な量が費やされるが、そういうのは全部「量子的なアレ」で済ませてすいません(´・ω・`)
【宇宙】3本、まああんまり「宇宙SF」っぽくはないなあと思う。ようやく男女ラブストーリーを中核にした話が出てきたけれど、これは極めてポジティブな一本となっている。うむ( ˘ω˘ )
【火星】
・草野原々「かえるのからだのかたち」
あらすじ:ストーリーというより、は火星に建設される植民都市建設に用いられるゼノボットに宿る意識を記述した作品…なんだろうか。第一世代の植民者が失敗した後に送り込まれたカエル型ゼノボットたちは、やがて且つての火星の歴史に繋がり…みたいな?
2048年の世界:人類を直接火星に移住させる試みは失敗し、アフリカツメガエルの幹細胞から造られたゼノボット(細胞機械)による都市建設が行われている。第1次植民失敗の理由として語られる低重力問題はどう解決するのだろう?
感想:うーん。ちょっと合わなかった。草野原々はまだ1冊しか読んでないけど*11、そこに収録された作品にあったハッチャケさが無いというか、おとなしい話だ。
・春暮康一「混沌を掻き回す」
あらすじ:火星のテラフォーミングプロジェクト「国生計画」を実行した私は、プロジェクトの要である「天沼矛」が作動した瞬間相棒のカレンから襲撃される。彼女は金星派が送り込んだ妨害工作員だった。一命はとりとめカレンと対話するうちに火星テラフォーミング計画が金星へのそれと競わせるように遂行され、意図的に火星優位に進められていたことに気が付く。「天沼矛」の技術を転用すれば内惑星は外惑星に対して強権的な支配が可能で、地球の中枢には金星側に勝たせてはならない事情があったのだ。
2084年の世界:2020年代に地球の人口推移予想と地球外移住に関する試算が悲観的な結果を出し、金星あるいは火星に対するテラフォーミング計画が進められている。両派は敵対的競争関係にあるが火星派の側に進捗著しく、「国生(くにうみ)計画」が実行される。超伝導ワイヤーで編まれた直径7万8千kmの網「天沼矛(あめのぬぼこ)」で太陽風を閉じ込め、地球の太陽面通過を利用して蜃気楼レンズで火星表面に焦点を結んで大規模な熱空爆を敢行する。計画名称はじめ日本神話に基づく命名がなされているが、日本の政府(あるいはなんらかの組織)が関与しているかどうかは不明。
感想:【火星】に属してるけどこれが一番【宇宙】SFしてると思います。谷甲州の航空宇宙軍史では「重力的な高所に位置する外惑星は内惑星に対して戦略的優位に立てる」という原理が話の中核にあったけれど、それを覆すような「蜃気楼レンズを使えば内惑星は外惑星に対して戦略的優位に立てる」原理に厳かな感動を覚える。新世代ハードSFですね。「法治の獣」読んでみようかな。
・倉田タカシ「火星のザッカーバーグ」
あらすじ:?
2084年の世界:??
感想:???
えっなにこれ電波?怪文書ですか??「タイタンの妖女」と「火星年代記」を足して、足して何を食ったらこうなるのだ(´・ω・`)
【火星】をなぜ【宇宙】から独立させたのかよくわからないが、「混沌を掻き回す」はたまたま火星を舞台にしたばかりにとばっちりを受けたんではないかい?という印象を持ちますた。
・榎木洋子「SF大賞の夜」
あとがきというか本書成り立ちというか、SF大賞授賞式とSFカーニバル開催の話というか。もう少し本書の編集意図とか知りたかったけどまあいいか。
恋愛話が少ないなーと思ったのは、オーウェルの「一九八四年」が一人の男の人生が恋愛をきっかけに破滅するような話だった*12からで、栗本薫の「ゲルニカ1984年」*13はストレートにそれを踏襲していたよなと、そんなことを考えながら読んでいたためです*14。ひとつひとつの作品のボリュームが決して大きなものでは無いから、お話にそれを持ち込む余裕も生まれなかったのかも知れません。とはいえ恋愛至上主義から脱却したようなところは、昨今のエンタメの潮流なんだろうかいやシン・ゴジラとシン・ウルトラマンしか知りませんあーいやパシフィック・リム2作もそうだな。うむ。
「一九八四年」に強く関連していたりそうでないものも有りでそれぞれですが、個人的なベストを3つ挙げると掲載順で「R__ R__」「フリーフォール」「祖母の揺籠」「星の恋バナ」でしょうか。4つあるジャン!いいんだよ恋はパワーなんだよッ!!
…しかし62年後、自分はどうしているだろうなあってどう考えても死んでいる。だからまあ、2084年の世界がどうなろうと俺の知ったことでは無いのだ(´・ω・`)
*1:https://abogard.hatenadiary.jp/entry/2021/06/16/215419
*2:読み始めたときは永野護の「フール・フォー・ザ・シティ」みたいな話かと思った。それどころではなかった。
*3:https://abogard.hatenadiary.jp/entry/20120303/p1
*5:「寄港地のない船」みたいなhttps://abogard.hatenadiary.jp/entry/20150718/p1
*6:正確には「祖母」の中で「セレブラル」と呼ばれる中枢ユニットの内部に収まる存在である。ゼーガペインか。
*7:JAPAN SDGs Action Platform | 外務省
*8:「時の子ら」という作品だが、既読かどうか定かではない。
*9:海外版は1985年公開だが、この話の舞台は日本だろう。
*10:AOKTは1978年の映画なので、この世界では既に焼き尽くされていると推察される。
*11:https://abogard.hatenadiary.jp/entry/2018/11/19/202754
*12:https://abogard.hatenadiary.jp/entry/20100221/p1
*13:https://abogard.hatenadiary.jp/entry/20100312/p1
*14:考えてみると十三不塔の「至聖所」にはちょっとそういうニュアンスがある