ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

石ノ森章太郎 原作「サイボーグ009トリビュート」

サイボーグ009誕生60周年記念の一環として刊行された9人の作家による9本の小説作品を収めた短編集。この本の話を初めて聞いた時に、なぜか頭に浮かんだのは「アイアンマン」だった。トニー・スタークはもともとヴェトナム戦争時に囚われてアイアンマンとなるのだけれど、「アイアンマン」が時代に合わせてリブートされるたびに「湾岸戦争時」「アフガニスタン戦争時」と、その時々に都合よくアメリカが戦っている戦争に合わせて設定も変わっていく。対してゼロゼロナンバーサイボーグたちは、やはり冷戦構造の落とし子としてほぼ同時期に生み出され、そして何度リブートしても基本設定は変わらない。さすがに平成版では9人のメンバーに「年代差」が生じたけれど、度々若返るトニー・スタークと違って基本、彼らは歳をとらない。それはなんでなんだろぅなあということを考えた。思うに、「紅の豚」が」借景したことで有名なロアルド・ダールの「彼らは歳をとらない」ってあるけれど、あの昇天していく飛行機のように、既に人としての生からは離脱した存在なのかも知れないなあとか、そんなことを考えました。血の大河を涙で渡り、死の荒野を夢見て走った9人の戦鬼は、むかしもいまもこのさきも、平和のために戦い続ける、そういう概念的な存在だ。そんなことをぼんやり考えながら読んでたら、普通に歳をとった彼らが出てくる話とかあったんだけどさ(笑)

ともあれ、充実した内容、豊潤な読書時間を過ごすことが出来ました。以下掲載順に見ていきます。

 

辻真先「平和の戦士は死なず」

1968年放送、第1期TVシリーズ最終話を、シナリオを手掛けた本人によるノベライズ化。この時期の映像作品は、映画の方は見た覚えがあるんだけどTVシリーズは未履修でした。なんでもこんな話だったらしい。

http://www.style.fm/log/05_column/oguro20.html (記事の後半で触れています)

パブリック共和国、ウラー連邦という、いかにも子ども向けマンガみたいな架空の国家による冷戦構造はそのままに、ストーリーはだいぶ違う。革命で王制を打破したミラヴィアと「太平洋沿岸諸国の中で最低のならず者の国と定評のある」ラジリアが軍事同盟を結び、パブリック共和国の喉元に位置するミラヴィアにラジリアから核兵器が持ち込まれる危険が…という、キューバ危機みたいな話になっています。豪華客船を舞台にラジリアの独裁者ヤクンとミラヴィアの王女ミア姫との政略結婚を防ぐべく009以下メンバーの奮闘から、背後に潜む元「黒い幽霊団(ブラック・ゴースト)」メンバーであるバランタイン教授の人類抹消計画が姿を現し……というもの。人工衛星の中には既に死亡したバランタイン教授と、残されたAIが残留思念のように行動する人形がいる、と。このバランタイン教授の理念というのが「人間を滅ぼせば戦争は無くなる」というものなので、妙に共感してしまった(笑)なお、第1期TVシリーズからのノベライズ化なのでこの話の009は白い戦闘服に赤いマフラーを巻いている。誰にスポットが当たるという話でもないけれど、強いて言えば009ジョーか。豪華客船での潜入調査では007が(絵画に化けるなど)活躍していて、最後に009を救出するのは003に誘導された002。

 

・斜線堂有紀「アプローズ、アプローズ」

地下帝国ヨミ編の後日談ということで002と共に大気圏に突入した009が、九死に一生を得てでは自分は何故、どのように助かったのか?という謎を解く…ような、ちょっとミステリタッチの1編。とはいえ、謎解きよりもむしろ009がメンバーそれぞれと様々なディスカッションを重ねて行きながら、自分たちのレゾンデートルを再確認するような話になっている気がする。009の目覚めやその他いくつものシーンで「拍手」が鳴り、それは007グレート・ブリテンによるものだったりもする。

 

高野史緒「孤独な耳」

チェルネンコ時代のソ連レニングラードのバレエ・コンクールで「新・黒い幽霊団(ネオ・ブラックゴースト)」による要人暗殺計画を阻止する001以下のメンバー。語り手は001イワンだけれど、バレエが主題であり003フランソワーズが大いに活躍する。舞踏シーンの書き込みはかなり濃いもの(と、思われる。読んだ側に知識が欠落しているので…)。003の付き人として001、009、007が偽の家族を演じるのだけれど、なぜか007は「マダム・グレース・ブリテン」なる女性に化ける(笑)「新・黒い幽霊団(ネオ・ブラックゴースト)」に暗殺計画の駒として利用されるバレリーナは貧しい黒人の少女で、絵的な対比が映える。

 

・酉島伝法「八つの部屋」

002ジェットによる視点で描かれた、ゼロゼロナンバーサイボーグ開発時代の話。当初は無様で不格好なものだった噴進ユニットが、だんだんと洗練され高性能なものに進歩していく様は最初の映画の「ロボコップ」みたいな感じがする。001から008までの各部屋では、それぞれ異なるコンセプト・性能のサイボーグが複数名開発されていて、002の部屋ではジェット以外にも候補者がいる(それはかつての少年ギャング団の仲間だったりする)。開発が進んでいく過程で事故で死ぬ者もあり、組織の指導に疑問を感じたり、謎の赤ん坊の声が聴こえてきたりで、いろいろあって8人のメンバーは組織に反旗を翻し009とG博士(鼻のデカい人)を仲間に加える。いやなにが驚いたって酉島伝法がこんなに読みやすく分かりやすく、ストレートなヒーロー小説を書いたのかってことです(笑)しかしジェット・リンクは正統派にヒーローっぽいキャラなんだよねやっぱりね。

 

池澤春菜「アルテミス・コーリング」

日本を舞台に、ある少女が出会ったバレリーナの「おねーさん」との不思議な交流を描くもの。「好子(このこ)」というオリジナルのキャラクターを視点人物に設定したのは、9本の中でもこれだけですね。一般人の視点というのはつまりマンガの読者であったりアニメの視聴者であったりする「我々の」視点でもあって、そこで見える景色もありましょう。そしてバレリーナの「おねーさん」だからそれは当然003フランソワーズなんだけれど、バレエの演目よりもそこから離れて夜の公園での、なんの枷もなんの縛りもない自由で奔放な「舞」が白眉か。そして好子の正体は果たして何者なのか、という疑問がストーリーの中で立ち上がってくるのですが、丁寧に読んでいれば予定調和の中に落とし込まれていくものです。そしてラストは003の力強い一人称で纏められ、フェミニズム作品としての強さを全編に感じるところ。

 

長谷敏司「wash」

収録作の中ではかなりボリュームのあるもの。サイボーグ戦士が改造を受けてから60年というからまさに21世紀の今が舞台なのだけれど、技術的には現実のそれよりも進歩している感を受ける。004ハインリヒを視点に、アップデートを繰り返していくサイボーグと、より進歩していく一般社会の(特に軍事面での)技術との関係がひとつのテーマか。なお各メンバーは外観こそさほど変わらないとはいえ精神的には研鑽を増し、そしてギルモア教授は緩やかに死を迎えつつある、そういう時代のストーリー。故郷のドイツで007と再会した004は謎のサイボーグの襲撃を受け、それを撃退し入手した情報から彼らのアジトと思しき廃棄された発電所に潜入する(その過程で004と007、おっさんふたりのゆるいキャンプがあったりする)。最終的には002、003、005、008も合流し派手なクライマックスと、ゆるいキャンプで〆る。

これはかなり凝っていて、面白かった。ゼロゼロナンバーたちがドローンを駆使(003がAWACSじみたパワーを発揮する)する一方で、旧「黒い幽霊団(ブラックゴースト)」の旧式なサイボーグがスマホを用いた雑なアップデートで酷使されていたり、敵の真の目的が007の変身能力であり、かつ「007のようなサイボーグは他に存在しない」点が強調されていて、このあたりで妙に007人気が高いことに気がつく(笑)まーたしかに「自由自在に変身する能力」というのはマンガの敵にしては弱いから「サイボーグ009」全編を通じて007みたいな能力を持つ敵キャラって確かに居なかった気がする。

 

斧田小夜「食火炭」

006張々湖が007と共に日本で中華料理屋を経営していた時期の話。タイトルは仏典に由来するもの。006の前に現れた胡散臭い中年男性は、且つて彼の故郷の村が飢饉に襲われていた時期の、近所の子供だった。過去の記憶が揺り動かされ、このメンバー随一のユーモラスな人物が、実はもっとも深い悲嘆にくれた過去があることを再認識させる。20世紀の中国で飢饉と言えば文革か。004とベルリンの壁のように、006もまたある歴史的な出来事と、特定の場所と時代との明確なつながりを持っているキャラなのですね。ストーリーは過去の逆恨みで襲い掛かってきた男をむしろ諭して、ともに店で働くところに落ち着く小品なんだけど、やはり007が良い味を出しているのだ。

 

藤井太洋「海はどこにでも」

個人的マイベストはこれ。008ピュンマは水中戦闘用サイボーグで、案外水中戦ってやり難いから活躍することも少ないキャラです。それを宇宙に連れて行って、火星航行用宇宙船の障壁として用いられる「水」中で、はたまた宇宙空間での船外作業に、008の優れた身体能力と心肺機能を活用する面白さ。またその宇宙船「サンタマリア 二世号」は大勢のクルーによる選挙によって、役職なり方針なりを決定するシステムを執っているのだけれど、そこで引き起こされる分断と強権をいかに防ぐか、というストーリーを東京都知事選の当日に読んだので、偶々非常に重くなった(笑)時代としては人類が既に火星に先験調査隊を送り込んでいる時期で、008もある種老成したところのある人物として描かれる(白髪は変装だそうで、肉体的には歳をとっていないのかな)。宇宙船の保安要員に陽気な人物がいて名をジョージ・バーンズ略してGBってまたお前か。本作でも007は名バイプレイヤーとして活躍するのでありました。宇宙船の乗員は部門ごとに色分けされたスーツを着ていてスター・トレック風。008は赤(レッド)グループなんだけど、そのことはクライマックスの連絡シャトルにほぼ生身で有線通信ケーブルを届けに行くシーンでグッと効いてくる。以下引用。

 赤いウエットスーツの肩にかけた黄色いケーブルがマフラーのように見えて、かつての防護服を思い出させる。

オタクはこういうのに弱いんです(´・ω・`)

なおこのお話の世界ではサイボーグ技術も普及していて、いずれは宇宙開発にそういったポストヒューマンが求められるのではないか、という視座を提示する。

 

円城塔「クーブラ・カーン」

この、最後に置かれた1本が時代設定としてはもっとも先のものになるのかな?地球規模の環境改変計画「ザナドゥ計画」が進行し成層圏プラットフォーム「デンドロビウム」、水中都市「デンドロカカリヤ」などうふふってなるネーミングの施設が稼働して、人類の生活環境が拡大化された世界。高度サイボーグ開発技術も遥かに進んでいるけれど、その製造は条約で規制されている時代。ゼロゼロナンバーサイボーグたちはいわば超国家的な機関として、テロ活動の防止や紛争の調停などを行っている設定。ギルモア教授がやけに元気だなと思ったら本人は既に死去していて、「システム・ギルモア」なる仮想人格が監督指示・各メンバーのメンテナンスなどをやっている。ストーリーはとあるテロ事件をきっかけに、密かに高度サイボーグの大量生産を画策している何者かの存在が露見し、事件を追っていくと黒幕はシステム・ギルモアそのものだった…という展開。システム・ギルモアは単一の存在ではなくネットワーク上に多数存在していて、そのうちのひとつ海中都市デンドロカカリヤのシステム・ギルモアをネットワークから切り離して対話を試み……というのは士郎正宗作品みたいな感覚を受ける。システム・ギルモアが高度サイボーグ生産を企てたのは、滅びゆく人類に代わってサイボーグをポスト・ヒューマンに据えようとする計画だった……

この作品は各メンバーを名字で呼ぶスタイルで記述されていて、「島村」「リンク」「アルヌール」あたりはまあいいのだが「ウイスキー」には尋常ではない違和感を受ける。とはいえ、それはラストで009と003がお互いを「フランソワーズ」「ジョー」と呼ぶための布石で、このふたりで締めるというのはやっぱり良いなあ。そしてここでも007はスパイ小説じみた活躍をするのだった。

 

以上9本、時代という縦の幅も多彩なキャラによる横の幅も、どちらも広く取られて豊かなお話のバリエーションが広がっています。それはやはり、原典の持つポテンシャルが高いことに由来するのでしょう。人類が常に平和を望むのは、常にそれが脅かされているからであり、今後も「サイボーグ009」の物語は様々な媒体によって語り継がれていくのでしょうね。

009をセンターとして捉えれば、9人のメンバーそれぞれに、センターよりあるいはサイドよりの立ち位置もあろうかと思います。案外009を主役に据えた話は少なく、そして主役を務める話はひとつもないのに007の姿が目立つ。なんか、なんかわかるんだよなそれ。ただ、現在ただいまいちばん触れ辛いのは005ジェロニモ・ジュニアなんだろうなあとも、思うところで。