- 作者: 松浦晋也
- 出版社/メーカー: 朝日ソノラマ
- 発売日: 2005/05/21
- メディア: 単行本
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小惑星探査機「はやぶさ」のおかげで心中ニワカに宇宙機ブームが起こり手に取る、今は無き朝日ソノラマの一冊*1。1998年7月4日に打ち上げられ、2003年12月31日に運用を停止した火星探査機「のぞみ」の計画開始から志半ばでのミッション終了までを追った内容。
「失敗は成功の元である」とよく言われ、実際「のぞみ」で得られた経験がいま「はやぶさ」の帰還行に活かされているのはよくわかる。それでも「失敗」の渦中にいた当事者の苦心や奮闘にどういう言葉を持って接すればいいのか、自分にはよくわからない。
責任を予算と規模の問題に帰してしまえば簡単だけれど、本当にそれでいいのだろうか。トラブルから「のぞみ」の運用期間がずれ込んだこともあって本書の記述内容、「のぞみ」の運用時期は宇宙開発三機関の統合と時期を同じくし、ISASに取材する立場で当時の現場からの不満が拾われているのだが…いや、日本の宇宙開発が二元化されて進んできたことの是非を問うのは本書の目的では、ない。
物事の始まりにはかならず一人の人がいる。誰か一人が希望とも欲望ともつかぬ意志を抱くところから物事は始まる。彼が説き、仲間を募り、行動することで意志は共有され、共に目指すべき目標になる。
宇宙開発に限らずなんでもそうだなと思うのだが、やはりそこに携わった人々こそが、一番の主体なのだろう。トラブルが起きてからの対処、特に軌道計算の巧みさには素直に驚く。「スイングバイ」という行為はSFマンガやアニメの世界ではマンガ/アニメ的にいとも容易く行われるけれど、現実の世界では物理学の法則が現実的に作用するので当然対応も現実的になる。あたりまえの話だけれど現実に対処するのは大変なのです。「のぞみ」の軌道経路はまるでひとつの魔法陣のように複雑なものだけれどもそれは決して放漫な素描などではなく、厳密な計算の元に生まれてくる。ホーマン軌道は冷たい方程式でアリマス。(なんのこっちゃ)
もちろん苦労のエピソードばかりではなく、打ち上げを控えた内之浦の宇宙空間観測所、クリーンルーム内にどこからかヘビが一匹紛れ込んできた(宇宙機搬入前だったので無事に済んだ)なんてビックリ小話もある(笑)12年間にわたる「のぞみ」の苦闘を描いた本文中には節々で当時の世相が記述され、あの頃自分は何をしてたかな…などとむかしをなつかしく思ったりもするのだ。大体に於いてバブル経済末期と「失われた10年」の頃の話なんだなー。
科学技術の分野があんまり情に走り過ぎるのも考えものだと思うのだが、やっぱりひとの気持ちに訴えることは重要で、「あなたの名前を火星に送ろう」キャンペーンに寄せられたいくつものメッセージを読めばいささか感情が揺すぶられ心情が動かされることを禁じ得ない。結局「のぞみ」は頻出したトラブルから完全に回復することはなく、火星周回軌道への投入は見送られ運用は中止された。270.694人もの人々の想いは恐るべき旅路の果てにいまも在り、この先もずっと、真暗で静謐な火星近傍の軌道上に一個の人工小惑星として太陽系を飛翔し続ける。永遠はある。
ぼくはそれをとてもうらやましく思う。
金星探査機「あかつき」と260.214人のメッセージの打ち上げを明日に控えて。
*1:現在は朝日新聞出版から刊行されてるasin:4022138092