ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

伊能高史「ガールズ&パンツァー劇場版 Variante」1巻

 

ガールズ&パンツァー 劇場版Variante 1 (MFコミックス フラッパーシリーズ)

ガールズ&パンツァー 劇場版Variante 1 (MFコミックス フラッパーシリーズ)

 

 まず、当初まったくノーマークだった自分の不明を恥じる。劇場版をコミカライズと聞いて、同じ話に精々ギャグ要素を足しただけの「二次」創作程度だと思っていた。のだけれど、いざ実際に読んでみたら劇場版の話をベースに、個々のシーンで本編では描かれなかった(描き切れなかった)キャラクターの心情を、その深いところに切り込んでいくような二次「創作」でした。ギャグ要素は増えているけれど、それだけではない。劇場版を既に見ていることを前提に、ストーリー展開では切るところではバッサリ切り、必要であれば巻き戻して別の観点から語りなおす。かなり意欲的なコミカライズでした。まだまだ先は長いけれど、プラウダ勢の奮闘や継続一味(wの心情など、この先かなり期待できそうです。

サブキャラだけでなく、劇場版であまり描かれなかったあんこうチームについても、これはハードルを高くして待ってていいんじゃないかなあ。はじめて「リトルアーミー」読んだときみたいな気分。

ピエール・ルメートル「その女アレックス」

その女アレックス (文春文庫)

その女アレックス (文春文庫)

図書館を使っていると配架を間違えている資料というのも稀に目につくもので、それは職員の方ではなくて心無い利用者が適当な戻し方をしているせいだと思われる。気が付いたら直すようにはしているのだけれど、ハードカバーの外国小説の棚に一冊混じってた文庫を手に取ってみて、そういえばこれ評判よかったよなーと自分で借りだしたら正解大当たりで、大変面白かった。配架を間違えた人ありがとう(笑)

タイトルにもある通りヒロインの女性はアレックス、主人公はカミーユという名のオッサン、さらにヴィダール判事まで出てくるのでこれは事実上ガンダムと言えるミステリー小説。女性キャラクターが拉致監禁され緩慢な死を強要されていく冒頭からの流れは「特捜部Q ―檻の中の女―」*1を思い出すけれど、スピーディに容疑者が割れスピーディに容疑者が自殺し、スピーディに警察が監禁場所に向かうと被害者アレックスはスピーディに脱出していたのであった。

ここまで第一部。

第二部はネタバレを避けるために大胆に省略するとアレックスが手際よく料理するので事実上プリキュアアラモードと言える。かなり驚かされる。

そして第三部ですが、本当の犯罪はここから始まる。結論だけ行ってしまうと警察はあーいや、結論はナイショだ。面白いぞーーーーー!

カミーユ警部の二人の部下、裕福でお洒落なルイとケチでタカリ気質なアルマンとの描写も面白い。実はシリーズものの第2作が先に訳出され先行作品に言及しているところも少なからずあり、やや違和感を覚えるところもあるのですが、現在はみな翻訳されているようですね。順番に読むのもいいかなと思います。

川上和人「鳥類学者 無謀にも恐竜を語る」

 

鳥類学者 無謀にも恐竜を語る (生物ミステリー)

鳥類学者 無謀にも恐竜を語る (生物ミステリー)

 

 まだ恐竜をデカいトカゲだなどと思っている人は脳が化石化してるんじゃないだろうか、恐竜は鳥です。あるいは鳥は恐竜です。このふたつの概念は似て非なるものですが、ここでは鳥以外の恐竜を"恐竜"と呼びます。

てな具合で恐竜が鳥だとしたら、鳥の側からアプローチして恐竜を捉えることが出来ないだろうか、というような本。フランクな語り口で面白く読めた。著者はその語り口を「虚勢」だとはいうけれど、やっぱり下敷きになっているのは鳥類学者としての専門知識や広範囲な教養で、こういう文章を書ける人はうらやましいね。

…実は「恐鳥類」のことを知りたくなって読んだのだけれど、恐鳥類については最後の方にごくわずか記述されるだけだったので、それはちょっと残念でした。ディアトリマって今は言わないのかなー。

南村喬之 画「伝説の画家 南村喬之の世界 大恐竜画報」

大恐竜画報―伝説の画家 南村喬之の世界

大恐竜画報―伝説の画家 南村喬之の世界

端的に言って最高だった。

暖かいだの毛が生えてただの最近じゃ鳥の同類項と化してしまった恐竜が、まだ二足歩行するデカいトカゲだった1970年代に描かれた復元画集。これを最高と言わずしてなんとする。前書きには

すべて、当時の子供向け図鑑用に描かれた作品ですが、恐竜研究が進む中で、現在では違った見解、違った名称となった恐竜も多く、本書は「図鑑」ではなく「南村喬之の画集」として編集しました。
当時の雰囲気を再現するため、恐竜の名称も1970年当時のまま記載し、説明文も、当時の少年誌の読み物を意識した文体になっております。

とある。

そこがいいのだ。

ディプロドクスの首はクネクネしてるしブラキオサウルスは川から首を出して歩いているし、彼の有名なブロントサウルスまで普通に描かれているのである。これでいいのだ、恐竜とはこういうものだった。そのときにはこれが正しかったのだ。いろんなところで何度も書いているけれど、新たな学説により「正しいこと」が上書きされたからと言って、それまで信じられたきた学説を「間違い」だったとするのは、たぶん間違っている。古い学説があればこそ、我々はそこに新しい学説の階梯を積み重ねられるのであって、古い学説や想像図を「なかったこと」にしてしまってはいけないのだ。マンテルやオーウェンの復元図に古典的価値があるように、本書のようないわゆるゴジラ体形のダイノサウルス(恐ろしい蜥蜴)の姿を、記録に残しておくことは大切です。

改装前の上野の国立科学博物館は、メインホールに入ると復元時期の異なるタルボサウルスとマイアサウラの骨格が並んでいて、なるほどそこには違和感もあったのだけれど、あれこそ学問が進歩する有り様を体現していて良かったなあとか思うのよ。

ダン・シモンズ「ウルフェント・バンデローズの指南鼻」

SFマガジン2016年8月号・10月号に前後編として分載。先日読んだ「天界の眼 切れ者キューゲルの冒険」*1などが属するジャック・ヴァンスによる未来SFとも異世界ファンタジーとも言える一連の世界を描いた「滅びゆく地球」シリーズへの、ダン・シモンズによるオマージュ作品。考えてみるとダン・シモンズ読むのは初めてかも知れないなー。「天界の眼」本編ではあまりにもあんまりな末路になったダーヴェ・コレム公女が、このオマージュ作品で意外な姿で再登場すると同書のあとがきにあったのでバックナンバーを借りてみた。

なるほど出てきた。

三流の小悪党にまんまと騙され貞操を奪われた挙句蛮族に慰み者として差し出された世間知らずの公女は、その後いろいろあってアマゾネス軍団を率いて滅びゆく地球にその名をはせるエロかっこいい女剣士になって帰って来たのだ∩( ・ω・)∩ばんざーい

…ただしオバサンになって⊃( ・ω・)⊃

中村亮による挿絵は本文の記述を忠実に描いているから全然悪くは無いのだが、だがイチャラブなベッドシーンやピロートークがそこそこ頻出するこの作品を、ジジイとオバサンのカップルで読み進めるのは結構な苦痛であるのも確かで、やむなく脳内でオリジナル石黒正数キャラ(何)に変換して読んだことを告白する(w

ストーリーは魔界学者シュルーを主人公に、滅びゆく地球世界の災厄の悪化と魔導師ウルフェント・バンデローズの突然の死、そしてシュルーやダーヴェ・コレムなどの一行によるバンデローズが遺した<究極の図書館>探索。そしてそこに割り込む魔導師フォーセルミの妨害という、王道なクエストの筋立て。10月号掲載分である後半からは飛空ガレオン船による空からの旅路となって俄然エキゾチック感が増します。なにより酒井昭伸による漢字語句を駆使した訳が素晴らしく、往年の傑作「竜を狩る種族」を思わせる…などと思っていたら、後編の末尾には「竜を狩る種族」を訳出した浅倉久志の偉業を称える追悼エッセイが掲載されているのだった。

翻訳に必要なのは語学の力だけじゃなくてセンス、翻訳者本人の基礎教養なんだなってことがよく解る内容でした。やっぱだめだよなっちはな。

朶頤狛とかいて「ダイハク」とルビを振る、シュルーが護衛として使役している魔物のカルドルカ(これは個人名)が非常に良いキャラでした。こういうコトバを考えるのは難しいけれど楽しいことでしょうねえ。
原書はジャック・ヴァンスをオマージュした作品群によるトリビュート・アンソロジーの一編で、のちに単独刊行もされてるそうなんだけど流石に日本でそれは難しいか。できればアンソロジーを丸ごと訳してほしいところで、その際は石黒正数イラストでやってほしいなあ、などと勝手な願望を書いておく(笑)

ジャック・ヴァンス「天界の眼 切れ者キューゲルの冒険」

ジャック・ヴァンスの「切れ者キューゲル」シリーズは、前に「不死鳥の剣」でひとつ読んでいた*1けれど、その短編「天界」とそこから始まる連作を、同じく中村融訳によってようやく一冊にまとめられたもの。いや長かったね。はじめて「切れ者キューゲル」の名を聞いたのは多分「トンネルズ&トロールズ」のルールブックが出た頃じゃないかと思うのだけれど、「不死鳥の剣」で初めて読んだキューゲルは、これってほんとに切れ者なのかなーと苦笑交じりな疑問符のつく人でしたが、今回やっとわかりました。この人切れ者じゃなくて「切れ者(自称)」です。しばしば「切れ者キューゲルの名は伊達じゃないぞ」などとひとりごちますが、伊達です。むしろ詐欺ハッタリの類いに近いしもうちょっと言ってしまうとこの人は、

なんだ、ただの人間のクズか

という程度の小悪党というかモブ外道みたいな感じだった…

ピカレスクロマンというにはあまりにカッコ悪い(巻末の訳者あとがきには「ピカレスクロマンとは悪役が格好良い話ではない」との解説があるが)し、特に女性キャラクターに対する態度がその、お互いの同意のない一方的な性交で事後も放り出して特に面倒を見ない(表紙にも描かれたダーヴェ公女の末路とか酷すぎにも程がある)ようなのが続出で、正直読み進めるのが辛かった。石黒正数の表紙画がなければ難しかったかも知れないなあ…などと思いながら終盤に差し掛かると、あっと驚く

大 ド ン デ ン 返 し !!

で捧腹絶倒まさかの爽快感炸裂エンドなのであった。

結論:ジャック・ヴァンスはいいぞ

米澤穂信「さよなら妖精」(新装版)

 

さよなら妖精【単行本新装版】

さよなら妖精【単行本新装版】

 

 米澤穂信の「さよなら妖精」は文庫版を持っていて、いまでも本棚のちょっと良い位置に、友人からいただいたブックカバーに包まれて納まっているお気に入りの一冊。著者デビュー15周年ということで再度ハードカバーの新装版なのだけれど、これがデビュー作という訳ではないし「王とサーカス」の評判が良いのでそれに乗せてということなんだろうなあ。

とはいえ、作家米澤穂信の位置を決定づけた一冊だったようには思うし、初読時の記憶は鮮明に残っています。それより前に小市民シリーズを読んでいて「本格ミステリーも書くのに妖精が出てくるようなファンタジーも書くのか、多才な人だな」などととんでもない誤解から入ったことも、忘れはしまいよ(笑)

今はどうだか知らないけれど、10年前にPCで「ユーゴスラヴィア」と打つと公正機能が働いてそんな国がこの世に存在しないことを教えてくれたものでした。そんなこともあったなあ…

今書店に並んでる文庫版の方の帯には「『王とサーカス』の太刀洗万智が初めて出会う事件」みたいな言葉があるけれど、別になにか事件が起こる話じゃありません。どこにでもあるような、ありふれた光景の点描です。

久しぶりに今読み返すとアニメ版「氷菓」みたいな絵柄が浮かんできて困る(困るとは言っていない)。アニメで見たい気もするけれど、高校生が盛大に酒盛りをするというとてもありふれた光景は、しかしアニメの映像にはしづらいだろうね。

巻末には描きおろし短編「花冠の日」が収録されています。これがひどい。なんてものを書くんだ米澤穂信ッ!

というぐらいに良い作品でした(褒めていますよ)それはどこにでもある、ありふれた光景の点描なのですけれど。

 

いまのシリアとか。