ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

ダニイル・ハルムス「ハルムスの世界」

ハルムスの世界

ハルムスの世界

ダニイル・ハルムスは20世紀初頭のロシア人作家。不条理な短編(掌編?)を多く書いたいわゆるシュールレアリズムな作風でロシアン・アバンギャルドを文学で行った存在、らしい。いままでヘンな本はいろいろ読んできたけれど、これは相当にヘンな部類。良く似たものを既読で探せばバリー・ユアグロー「一人の男が飛行機から飛び降りる」asin:4102209115が最も近いか。しかし「一人の…」を読んだときには浅薄さしか感じなかったのに「ハルムスの世界」はとても、面白い。「夢」であることと「現実を超える」ことの違いか、もしくは別種の何かか。ユーモラスな作品が多くてついつい笑ってしまう。意味がわからなくても楽しめるのは一時期はやった「不条理4コママンガ」のような感じで、それはそれで十分楽しめる。と、思う…自分のユーモアのセンスがどうかというのはさておき。

短編群のなかに時折翻訳者による「コラム」が挿入されて執筆当時の社会状況が理解し易くなっている点は素晴らしく、容易に読解の手引となり得る。もうひとつ素晴らしいことにはどの作品にも執筆年代が記されていて(成立年不詳というのも多いのだが)順不同の作品の中からも、極めて短い作家活動の期間に変化していく作風を推察することができる。大体に於いてなんだかよくわからない話は初期のもので、とてもよくわかる話は後期のものだ。晩年になるにしたがって、ふわふわ浮かんでいたような話がだんだんと地に足が付いてくる。精々10年のあいだに、どんどん現実的になってくる。

ダニイル・ハルムスは20世紀初頭のロシア人作家で、中盤以降は作品を執筆していない。なぜなら、地に足がついたシュールレアリズム作家がどうなるかと言えば、

現実に足元を掬われることになるからだ。

ハルムスが作品の中で繰り返し描いた管理人や門番は、結局彼の実際の人生においても決定的な瞬間に登場することになる。友人の証言によると、アパートの管理人が彼のところにやって来て、ちょっと下まで来てくれと言ったのが、人々が彼の姿を目にする最後となったのだった。


「夢の全能」とはアンドレ・ブルトンの「シュルレアリスム宣言」の一節だが、現実はもっと全能である。


スターリン体制下で「突然ひとが消える話」なんて書いてりゃ作家本人が消されて当然ですね(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル


いま現在、現実が抑圧されている社会――例えば北朝鮮ソマリアなど――にも、現実を超克するような作品が生まれていたりするのかなと、そんなことを考える。


おまけ。本書のなかで一番面白かった作品を丸々全部引用してみる。どれも短い作品ばかりなのだが、これは特に短かったのでたまにはこんなこともね。

「寓話」

 ある小柄な男が言った。「もう少し背が高くなるんだったら、どんな苦労にも耐えてみせるんだけどなぁ」
 そう言い終わったとたん、男の目の前に妖精が現れた。
 「何がお望み?」と妖精は尋ねた。
 小柄な男はその場に立ち尽くして、不安のあまり一言もしゃべれなかった。
 「さあ、言ってごらんなさいよ」と妖精は言った。
 小柄な男は立ったまま、何も言わなかった。妖精は姿を消した。
 すると小柄な男は泣き始め、爪をかんだ。最初は手の爪をかみ、それから足の爪をかんだ。

*              *                *

 読者のみなさん、この寓話についてよく考えてみよう。きっと気分が悪くなるよ。(1935)


うん、たまらんなあ、これは。