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ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

G・ウィロー・ウィルソン「無限の書」

無限の書 (創元海外SF叢書)

無限の書 (創元海外SF叢書)

サイバーパンクアラビアンナイトが融合したSFファンタジイ小説である」と訳者あとがきにある。現代イスラム世界を舞台に(はっきり書いてないけどサウジアラビアUAEのどこかなんだろうか?)うーん、なんだろうハッカー青年と陰謀と異世界、みたいな仕立て。作者は「ミズ・マーベル」にイスラム少女を起用したことでも有名なひとで、コミックライターだけあって非常にキャラ立ちが良い。「吸血鬼ヴィクラム」とか後半に登場する引退した元ハッカー「ニュークォーター01」とか、とても魅力的です。タイトルと装丁から固そうな本だなーと思って読みだしたんだけれど、むしろ展開はスピーディでライトなノリでもある。2人登場するヒロインがどちらもカワイイ。とてもよろしい。

アメリカからイスラムに対する優しい視点のSFファンタジィが出るというのはとても大切なことで、でもイスラム圏がこれをどう受け止めるかはまた別の問題か。

ただ露骨に「アラブの春」をエンターテインメントに落とし込んでいるので、受け付けない人もいるかなとは思います。

「あんた、いいやつだな、アブ・タリブ・アル・ムフタル・イブン・ハムザ王子」
「なんだよ、ぼくのフルネーム、おぼえてくれていたのか」

ここ好きw なんか好きだなー、わけもなくね。

「夜は短し歩けよ乙女」見てきました

公式。

同じスタッフが再集結ということである意味劇場版「四畳半神話大系」みたいだったけど(笑)だからこそ一層楽しめたように思います。原作未読で「四畳半神話大系」も知らなかったらチンプンカンプンかも知れぬが。

 

原作はこれが初森見で、初読当時に大いに楽しみ、そして(実におこがましいことですが)こういう作品を書ける才能に激しく嫉妬したことをよく覚えています。後にも先にも我が人生に於いて他人に嫉妬したってあれを読んだ時だけじゃあるまいか。

 

原作では一年間の出来事を四季を追って描いていくのだけれど、今回のアニメでは四季を追った出来事を一晩で描くというかなりアクロバティックなことをやってて、そういう不自然さを不自然と思わせないようなパワフルな映像が作られていました。「四畳半神話大系」のときは短い原作を1クール13話に広げたのとは実に対照的なことで、やっぱりこの2つはセットになってるんだろうなあ。これまでも幾度か企画があってポシャった(以前マンガがありましたね)とは初めて知ったのだけれど、このスタッフで映像化できたことは、実に僥倖。

 

キャスト陣についてはもう、これは本当に花澤香菜さんをみるための映画です。星野源の主演も良し、本職の声優ではない芸人や俳優の方々もむしろ映像にマッチした感じはあり、声優陣も良いところを多く揃えてその上で尚、これは花澤香菜さんを見るための映画ですと、極めて個人的に断言する。とても、とても素晴らしい演技をするようになりました。「ゼーガペイン」で見て以来(いや「LAST EXEILE」も見てるんだがさすがに認識してなかった)この10年でここまで大きく成長する様を見られたのは、大変幸福なことです。劇中黒髪の乙女がなりゆきから「偏屈王」の舞台に立ち、そこで「棒読みの演技」をはじめたときには感動に打ち震え、ましてや大スクリーンで歌声を響かせるなど「セキレイ」のあれからなんて成長したんだろうと、もうロマンティックエンジンがガンガン。ガンガン動くのよ。

 

かなり原作は脚色されているので、久しぶりに読み返さなきゃいけませんね。

 

ともあれ、良い映画でした。

バリントン・J・ベイリー「ゴッド・ガン」

 

 この人の本は10代の頃に「禅銃<ゼン・ガン>」と「カエアンの聖衣」を読みました。どちらも傑作で、特に後者はクライマックスの章のページを開いた瞬間、大変に興奮しゾクゾク震えたことをよく覚えている。ネタバレなので詳しくは触れませんが、新約版などで現在でも入手可能、おすすめです。

 

それら「ワイドスクリ-ン・バロック」の代表例みたいな長編に比べればやはりこじんまりした短編集だけれど、表題作「ゴッド・ガン」の、神を殺したくなったので神を殺せる銃を作りました。神はどこにでもおわしますのでどこから撃っても殺せます。ほらね。というぐらいのド直球ストレートぶりには感服を覚えます。マッドサイエンティスト的な話はいくつかあり、どれもまったく悪びれることなく素直にマッドなところは痺れる憧れる。

 

そのうえで、決して地球ではない世界の決してカニではない生き物たちの性春群像(タイポではない)を描いた「蟹は試してみなきゃいけない」の爽やかさには胸を打たれるものがあり。

鉄血のオルフェンズ2期

おしまい。

 

1期の感想はこちら。

1期のラストでかなり強引にハッピーエンドでまとめていたんで、当初2期は何をやるのだか見当がつかなかった。いかにも前座みたいなエピソードがいくつか続いて、ようやくマクギリス・ファリドが何かやらかすぞと身構えていたらおよそ何も考えていない人物でしたー。というのはかなりの肩透かしだったけれども。

 

「お前たちは腐っているぞ!300年前のルールに従いなさい!」「嫌だよ」「なんだと!お前たちは腐っているな!」「だからそう言ってんじゃんよ」

 

マクギリスのクーデターはだいたいこんな感じだった。フリット・アスノよりひでぇ。そもそも粛清も虐殺も無しにクーデターやろうなんて腑抜けな話でな。

 

そのあたりからラスタル陣営の(というかラスタル個人の)主義主張の方がまーどんどんまともに見えて来て、マクギリスも鉄華団もいなくなったらラスタルとクーデリアが手打ちして世の中良くなりました。

 

なんかモニョるのはなんでだろうなー。負けて終わるガンダムはむしろ好物なんだけど、条約調印の場でラスタルがクーデリアを革命の乙女呼ばわりしたのは本気なんだか嫌味なんだかよくわからん。この番組「革命」をどうとらえてるんだか測りかねる部分があってなーうーん。

象徴としてのガンダムが屠られてひとの治世が始まる。それは良い流れだ。シンボルと看板の薄っぺらさは要所で描写されていたようにも思う。

あとは愚痴にしかならんのでもう書くのをやめる。

「キングコング 髑髏島の巨神」見てきました

公式。開始早々コングが出て来て最後までどったんばったん大騒ぎ…という点では極めてけものフレンズでした。

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土屋健「そして恐竜は鳥になった」

 

そして恐竜は鳥になった: 最新研究で迫る進化の謎

そして恐竜は鳥になった: 最新研究で迫る進化の謎

 

 表紙や背表紙には監修者の名前の方が大きく書かれているけれど、古生物学の黒い本でおなじみ土屋健によるもの。羽毛恐竜について簡潔にまとめた恐竜の本なのだけれど、図書館では鳥類の棚(NDC488.1)に配架されていたのが面白くて、このブログのカテゴリーでも古生物学にはしないでおくw

最近の図鑑やテレビ番組、博物館の復元図でももう羽毛恐竜一色ですから(4年前に出た本とは言え)今更なんですが、「やっぱり恐竜はデカいトカゲじゃねーと嫌だよ」ってひとには何がどうなって今があるのかを、わかりやすく説いてくれるものです。恐竜認識の世代間格差を埋める一冊(か?)

けものフレンズを見終えて。

うん、まあそんなにひどい話にならんだろうと思っていたので大団円でめでたしめでたし、は想定内でした。

 

よ゛がっ゛だ~~~~(ToT)

というぐらいにその、昨晩はべしょべしょしていたのだが。

自分は丁度4話が放送されたタイミングで見始めて、たしかふたばに変なスレが立ってるとか「君はまだけものフレンズを見ていないフレンズなんだね!」というような言葉が飛び交っていたような頃でしたか。そのころは「感染」というワードも流れていたけれど、「蔓延」して飽和状態になったのか、いつのまにか感染とは言わなくなってたな。

 

何が良かったかを考えるのは、ちょっと難しい。評判を聞いて試しに見てみた第1話の初視聴は、実は5分で1度再生を止めている。やっぱり見ようと考えなおしたのは、主にコウテイペンギンちゃんがエロいデザインだったからだ(本当です)

 

ゆるい作画とよくわからないテンションの芝居、妙にぎこちない動きの本編を見続けて、でもこれはちょっと、なにかが違うんじゃないのかと思ったのは、サーバルちゃんが「フタを開けられないこと」とラッキービーストが「明確に人間を選別すること」を提示して見せた1話のラストからで、そこから先はまーどんどんスブズブ。

 

「すごーい!」「たーのしー!」の台詞に代表されるように、誰も傷つけられない世界を旅すること、そこで困っているフレンズをかばんちゃんがヒトの知恵で助けていく「まるで民話のようだ」という構造。優しい世界の優しさはどこか噓臭くて、その噓臭さが廃墟のジャパリパークを覆っている空気。薄氷を踏むような伏線と、クライマックスのあー、なんだろう「戦い」じゃないんだよなあれは。災害対策に近いよな。自己犠牲的なところは差し詰め「グスコーブドリの伝記」か。

 

「人形劇のようだ」という評も聞きました。次回予告のPPPなんかはまんまそれだったけれど、最終回、桟橋の向こう側からジャパリバス(荷台部分)がにゅっと出てくるのは絵的というより人形劇のセット、小道具のような感覚で「あー隠してあったんだー」とつい笑いがこぼれる。

 

たぶん作劇構造・文法の基本的なところに非常に忠実に作られているのだろうと思います。驚かされることは多かったけれど、奇をてらったわけではない。安心して見ていられるつくり。11話のラストは確かに衝撃的ではあるけれど、一度落としてそこから上げるのも定番中の定番だ。

 

少人数のスタッフによるまとまりのよさ、良い意味での手づくりらしさ、そういうところもね、よかったね。狙ってできることではないけれど、世の中にはこれを狙えと簡単に言ってくる手合いがゴロゴロしているだろうことは、想像に難くない。

 

むしろ本当にヒトが絶滅していればいいのになあ、なんてことをふと思った。それはきっと、現実よりもはるかに優しい世界だろうから。

 

なんにせよ、アイアンリーガーの41話みたいな展開はベタだけれど効果的だってことです。ガルパン劇場版の「学園十色」しかりで。