ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

長田龍太「中世ヨーロッパの武術」

中世ヨーロッパの武術

中世ヨーロッパの武術

軍事、ではないけれど。刊行以来各所で大反響の西洋剣術解説書。これまでカタログ的に武器を紹介した本は様々に――それこそ、「T&T」ルールブック巻末の武器索引のころから――あったけれど、その使い方を示した本はこれが初めてじゃないだろうか。この分野って日本では単純に知識不足であったりあるいは日本古来の武士武道を称賛する余りの差別的な誤解があったりで、なかなか正しい情報を得るのが難しい状況でしたから待望の一冊と言えるかも知れません。また誤解する原因となっているのはこれら中世の戦闘技法は近代に入るに連れて一端失われ(=失伝し)、19世紀のビクトリア時代に研究分類されているのだけれど、その際の事実誤認が現代にまで影響している面もあるようで、正しい武術研究とは古文書の解読とその内容理解である、と。やっぱ秘伝書は暗号で書かれたりするんだってさ。


内容としては中世後期、14〜15世紀の時代に刊行されていた一般的には「フェシトビュッフ」と呼ばれる当時の教本内容を翻訳し、ドイツ式やイタリア式などいくつかの剣術流派の基本理念や実戦的な技の数々をわかりやすく解説しています。特に後者は著者本人によるイラスト(原著からのリライトに補助線を付し、人物をキャラクター化して読者の理解を得やすくしたもの)によって大幅なページ数を費やされています。軍事教本ではなく個人戦術、戦争より決闘についての技術内容ですが、ロングソードやダガー術、各種ポールウエポンに騎乗戦闘や素手の格闘(レスリング)など内容は多彩。単に武術の研究だけでなくマンガやアニメ、小説などフィクション関連の資料として非常に役立つものでしょう。というかそっちの役割の方が大きいでしょ?(笑)


実際の動きの流れは読み取りやすくなっているとはいえ、普段体動かしてない身にはやっぱりよくわからない面もある。このあたり相手が必要なトレーニングの本でもあるし、独りで読んでいるよりは、例えば中学高校の剣道部なんかで試しに実践してみても面白いかも知れませんね。現在のスポーツ・フェンシングともまるで違うんで、動き一つとっても実際に演武したらきっと楽しいだろうと勝手に考える。いやーほら、中学教育課程で武道必須だっらたらさ、どこかひとつくらいは柔道の代わりにドイツ式剣術教える学校がって先生が居ませんかそうですか。


著者自身も述べていますがやっぱり読んでて驚かされるのは頻繁に「刃を掴む」技が用いられていることでしょう。自分の剣の刀身を握って受けに使ったり、攻め掛かる相手の刀身を掴んで押さえるとか結構危ないことやってるナーと思うんだが結局「死ぬよりまし」ということらしい。また「ハーフソード」という、長剣の柄と刀身を握って攻防両方に使用する技も1節を設けて紹介されている。この際必ずしもドイツ式の両手剣のようにリカッセ*1を持たないごく普通の直剣(※曲刀にこのような技はない)であっても、しっかり握って刃を固定出来ていれば手傷を負わずに済む…というところかな?これをもって「西洋の刀剣は突くだけで切らない」とか「日本刀に比べてなまくら」とか、そういうことではないんだろうと思われる。


結局物理、梃子の原理や幾何学的な運動が大事か。スペイン式剣術の互いに美しい円を描く足の運びはなにやらマジカルな香りがするかもだ。相手の動きを利用して攻撃線を外し、こちらはなるべく少ない手数と運動で攻める。剣道より合気道やってる人に理解が得やすいかも?と、そーゆー自分は武道などナニモシラナイのでそもそも偉そうなことは言えない(わら


あとあれ、キーロック最強。孤独のグルメ」の井之頭五郎ちゃんこそ真のソードマスターである。


片手剣だけで短剣も盾を持たずに戦う際、どうして空いた方の手を身体に密着させるのかといえば、ひとつの理由はうかつにブラブラさせてると、不意に掴み取られて関節極められちゃうからなんだな。スポーツとしての武術武道じゃまず見られない攻撃で、レスリングの重要性は様々な場面で見受けられます。


読んだ内容の全てを斟酌出来てるものでもないけれど、これが良書だってことはよくわかります。


そんでツイッターでもちょっと書いたんだけど、これってイラストが動画だったらもっと解りやすいし面白いんだろうな。電子出版ならそんな本を作れるのかな?MMDっぽいつくりで…とか、そんなことを思った。

そうそう、参考文献には洋書に交じっていくつかPDFファイルも挙げられています。その辺は電子出版的でもあり…

*1:刀身の根本部分に備わる、刃を持たない「握り」の部分